スイート・ビター・スイート | ナノ
※大学生
「美桜、何してるの?早くおいで」
「う、うん」
ベッドに寝転ぶ精市くんが笑顔で私を手招きする。外は大雨、時刻はもうすぐ日付が変わろうとしている。そして今この家の中には、私たち二人きり。
なぜこんな状況になったのかというと、話は今日の夕方に遡る。
今日は夕方までバイトをして、同じく夕方までの部活を終えた精市くんと落ち合い、そのまま精市くん家にお邪魔をした。夏休みということで精市くん以外は皆で旅行に行っているらしく、家には誰もいなかった。
「夕飯食べてくよね?」
「いいの?」
「うん、もちろん。じゃあ今から作るから待ってて」
「あ、手伝うっ!」
キッチンに立つ精市くんの隣に並び、一緒に晩ご飯を作った。精市くんは物凄く手際が良くて、本当に何でもできちゃうんだなぁと感動した一方で私も女としてもっと頑張らなきゃなと思った。けれど一緒に食べた料理はすごく美味しかったし、何よりも一緒にキッチンに立つ光景が何だか新婚さんみたいで頬が緩むのを抑えるのが大変だった。
そして時刻が21時を回った頃。
徐々に吹き始めていた風も今や強風となり、おまけに雨も降りしきっていて外に出ることを躊躇われる程だった。季節の変わり目だしきっとすぐに止むのだろうけれど、風や雨、そして時々響く雷の音が不安を煽るばかりだ。
「精市くんどうしよう…今帰ったら大変なことになるよね…」
「今はさすがにやめておいた方がよさそうだね。でもすぐに止むんじゃない?」
「うん…」
そんな会話から数十分後、雨は止むどころかさらに強さを増し、雷の音もどんどん近くなってきていた。カーテンの隙間から不安げに外を眺めていると、精市くんがぽつりと呟いた。
「ねぇ美桜、」
「ん…?」
「今夜うちに泊まっていきなよ」
「…!?」
いい案を思いついたと言わんばかりの清々しい笑顔と共に発せられた提案に、私は驚きのあまり言葉を失った。落ち着いてもう一度聞き返したら、精市くんは「なかなか雨も止まないし、このままうちに泊まっていきなよ」と良い笑顔が返ってきた。
「で、でも…!あっ、ほら、下着の替えとか持ってないし!」
「それなら脱いだらすぐ洗濯して乾燥機かけてあげるよ」
そうかそうすればいいのか!なんて思わず納得するも、やっぱり泊まるなんて無理だと自制が掛かる。ご家族が留守の時に泊まるなんて何だか悪いし、私の方もお父さんとお母さんに何て言えばいいのかわからない。
そして何より精市くんと一夜を共にするなんて心臓がもちそうにない。と思い、何とか精市くんを思い留まらせようと考えていた矢先、精市くんはさっさと私の家に電話を掛け挙句の果てにあっさりと泊りのお許しを得てしまった。そして先程と同じようにそれはもう良い笑顔で言う。
「はい決定。今日は一緒に寝ようね、美桜」
その笑顔に軽く眩暈を覚え、私は精市くんのお家に泊まることになったのだ。
――そして話は冒頭に戻る。
「何そんな所に突っ立ってるの」
「や、あの…」
「早くこっちおいで」
あれから一緒にお風呂に入ろうと笑顔で言われたけれど何とかそれは阻止し、一人でお風呂に入ったあとやけに緊張したまま部屋へと戻った。精市くんはベッドに寝転んで雑誌を読んでいたけれど部屋に入ってきた私に気付くと雑誌を閉じて、私を手招きする。
そして私はと言うとお風呂上がりで火照った身体に、いよいよ精市くんと一緒に寝るのだという緊張感が重なってそれはもう赤い顔をしていると思う。けれど精市くんが手招く方へ素直に行ってしまうのだから、私も少しだけ何か期待をしているのかもしれない。
ベッドへ近づき、そのまま精市くんにぎゅっと抱き締められる。精市くんの髪からはシャンプーのいい匂いがする。きっと私も今、精市くんと同じ匂いがしているはずだ。
「あれ、」
「え?」
「美桜、下着つけてないの?」
「あ、…あの、まだ半乾きだったから…」
「ふぅん」
それは良いことを聞いたと言わんばかりに、精市くんの掌が私の背中をゆっくりと撫で回す。「抵抗しないの?」なんて笑みを含んだ声で言われても、私は何も答えることが出来なかった。イエスで答えてもノーで答えても、きっとこれから起こることは変わらないだろうからだ。
「美桜…」
「え…?……ん、」
名前を呼ばれたと思ったらすぐに優しい口付が降ってきて、そのまま私の身体はベッドに沈んだ。
外では未だ雨と風、そして雷の音がうるさく響いている。けれどそんなことは全く気にならないほど、私は精市くんから与えられる幸せに浸っていた。
そして次の日の朝目が覚めたら、身体中が痛くて起き上がれないのを精市くんに労わられることになる。
シャワーを浴びると言うと、精市くんに「俺が身体洗ってあげるよ」とまたもや良い笑顔を向けられたことは、また別の話だ。
濡れたまつげは愛に震える