スイート・ビター・スイート | ナノ
日中も肌寒くなってきたある日の夕刻。
今日は精市くんと一緒に帰る約束をしていたというのに委員会が急遽入ってしまい、その上予想外に長引いてしまった。
やっと委員会が終わり、精市くんの教室へと急ぐ。精市くんは教室で待ってると言ってくれたけれど、きっと待ちくたびれていることだろう。
「精市くん、お待た、せ………あ」
ガラッと扉を開けて、教室へと入る。一番後ろの窓側の席に精市くんは座っていた。けれどその上体は机の上に伏せられており、近付くと小さく寝息を立てていた。
――寝てる…?
寝顔を見るのは、風邪を引いた精市くんのお見舞いへ行った時以来だ。初めてではないけれど、伏せられたその瞼、そして柔らかい髪の毛にどうしてもドキドキしてしまう。
「精市、くん…?」
小さく名前を呼んで、その指に触れる。触れた瞬間ぴくりと跳ねたけれど、ゆるく私の指を握りそのまま動かない。教室にも、そしてこの階にも、今は私たちの他には誰もいない。ドキドキと高鳴る自分の鼓動がやけに大きく聞こえるような気がして、寝ているはずの精市くんにまで届いてしまうのではないかと恥ずかしくなった。
触れ合った指先から、熱が伝染する。
「精市くん、…」
「……」
「精市くーん」
「……」
「…精市くん………大好き」
「ん、俺も」
「…っ、え!?」
突如私の指をぎゅっと握る、大きな掌。そして寝ているはずの精市くんから紡ぎ出された確かな声に、一気に心臓のスピードが跳ね上がった。
驚きのあまり何も言えないでいると精市くんは上体を起こし、そして私の指を掴んだままにこりと笑う。
「おはよ、美桜。遅かったね」
「あっ、ごめんね、待たせて………って、精市くん、寝てたんじゃ…!」
「うん、寝ちゃってたよ。さっきまで」
「いつから起きてたの!?」
「美桜が教室に入ってきた時」
「じゃあ、ずっと起きて……」
ということは私が名前を何度も呼んだのも、指先に触れたのも、大好きだと呟いたのも全て聞いていたということだ。清々しいほどの笑顔で告げられたその事実に、どうしようもない恥ずかしさが襲ってくる。
「も、やだ…恥ずかしい…」
「ん、何が?」
「え、っ、わ…!」
ぐいっと腕を引かれて精市くんの膝の上に乗せられる形で抱き締められる。首もとに埋められる精市くんの顔、そして首筋に触れる唇が熱くて、くすぐったい。
「せ、精市くん!」
「なに?」
「この体勢はまずいんじゃないでしょうか!あの、誰か来たら…!」
「こんな時間に誰も来ないよ。大体美桜が悪い」
「…っ、なんで!」
「可愛い声で名前呼ばれて、触られて、おまけに大好きなんて言われて、俺が我慢できると思う?」
「う、あ、の…それは…」
一度こうなってしまったらもうだめだ。精市くんはきっとしばらくは離してくれないだろうし、私もこの声に絆され始めている。そして精市くんが喋るたびにあたたかい唇が首筋を掠めてぞくぞくと身体が震える。そんな私の様子に気付いたのか、精市くんは耳元へと唇を寄せて私が一番弱い声で言うのだ。
「確かにこの体勢はまずい、ね」
「…っ、な、にが…?」
「こんなにぴったり美桜とくっついてたら、俺もう止められないかも」
「え、…っ、ん !」
待って待って待って!私の抵抗虚しく、後頭部をぐっと寄せられて離れる隙を与えられない。こんな所で、こんなキスをされて、背中を撫で上げられて、だめだと分かってはいるけれど私の気持ちも昂っていく。「ん、」なんて精市くんの色っぽい声が漏れて私の身体をさらに熱くする。けれど精市くんの手がスカートの中に侵入しようとしたとき、ハッと我に返った。
「っ、だ、だめっ…!」
「…いや?」
「いやっていうか、あの、ここじゃだめだよ!」
「そ、じゃあ家でならいいよね」
「………え?」
あれ、何かこんな感じの会話前もしたことあるような。精市くんの笑顔と有無を言わさない言葉にデジャブを感じる。けれど最終的に頷いてしまう私は結局、精市くんにすっかり絆され、そしてきっと心のどこかで期待をしているのだ。
砂糖のように甘い言葉で