スイート・ビター・スイート | ナノ

彼女が好きだ。

――彼女と付き合うようになってからもう長い時が経つというのに、俺は未だに彼女の言動にいちいち胸を高鳴らせて、バカみたいに彼女が好きだということを思い知るのだ。彼女との一日一日が大切で、無駄にしたくなくて、テニス以外にもこんなにも夢中になれるものがあったなんて、今でも驚いている。

――必死な顔…

図書室で二人。俺は読書、彼女は課題。けれど俺が開いているのは適当に選んだ本で、形だけ読書をしていると見せかけている。というのも本当は、隣に座る彼女の横顔をぼーっと眺めているのだ。課題と格闘する彼女は時折シャープペンを顎に当てて考えているような仕草をする。と思ったら何か閃いたのか一気にペンを走らせる。見ていて面白いし、飽きない。そして何よりも可愛い。俺は頬杖を着いた左手で、少しだけにやけた口許を隠した。

「精市くん?」

ふと顔を上げた彼女が俺を見る。あぁ、やっと気付いた。

「あの、どうしたの…?」
「ん?何が?」
「えっと、今精市くん、私のこと見てたのかなって…」
「うん、見てた」
「…え!?」

俺が正直に言うと彼女は目をぱちくりさせ、そして一気にその頬を赤くさせる。もう読書どころではないし彼女もきっと課題どころではないはずだ。運よくこの図書室には俺たち二人しかいないようだし、もう少しだけ意地悪をしてみてもいいだろうか。

「美桜が可愛いから見てた」
「かわっ…!?え!?」
「課題に必死になっちゃってさぁ、」
「…っ!」
「本当、どうしようもないくらい可愛い」
「うぅ……もうやめてよ…」

泣きそうな声が響く。俺の言葉に彼女はぎゅうっと目を瞑って、頬をこれでもかというくらい真っ赤にさせるのだ。その仕草が余計に加虐心をくすぐるということを彼女は理解していないのだろう。

頬杖をついたまま、空いた方の手で彼女の頭をそっと撫でる。すると彼女は恥ずかしがりながらも気持ち良さそうに目を細めた。

ほんとに、もう。
――可愛すぎてたまらない。誰かに対してこんな感情を抱くなんて、今までの俺では考えられないことだ。彼女に出会って、好きになって、そして俺のことも好きになってもらって。それまで知らなかったいくつもの感情を初めて知ることができたのだ。

「あー、もう…」
「え、どしたの…!?」
「美桜が好きだなぁって思ってさ」
「…っ!も、もう、私課題やるからね!」
「はいはい」

俺の言葉をさらりと流したつもりでいるのか知らないけれど、彼女は耳まで真っ赤にしている。そんな状態で集中できるのだろうか。恥ずかしがり屋な一面は付き合った当初から全く変わっていない。そしてやはり集中できないのだろうか、彼女は俺をちらりと見ると、困ったように笑う。

「そんなに見られてると、恥ずかしいんですが…」
「んー、でも俺は美桜のこと見ていたいんだけど」
「う……本、読んでればいいのに…」
「本を読むより美桜を見てた方が面白いからね」
「もう…」

彼女は俺の言葉にまた顔を赤くさせて俯く。そしてもう諦めたのか、しぶしぶといった様子でまたノートにペンを走らせ始めた。

開け放たれた窓からは、そよそよと心地の良い風が入ってくる。俺と彼女の髪を揺らして吹き抜けていく風。時折彼女の髪のいい香りが鼻を擽った。俺は彼女を見つめたり、時には外を眺めたり、この静寂の中でとてつもなく穏やかな気持ちを感じていた。

――幸せ、だな…

ぼんやりとそんなことを思った。

そしてふと隣を見ると、それまでノートの上を走っていたペンは転がり、彼女は机に突っ伏して寝息を立てていた。長い睫が縁どられた瞳はしっかりと閉じられている。

――あーあ、こんな無防備な顔しちゃって。
小さく笑って、顔にかかる前髪を持ち上げる。そして綺麗な額に、ゆっくりと唇を落とした。ちゅ、と音を立てて唇が離れた瞬間、彼女の瞳がゆっくりと開かれた。寝ぼけ眼が数回瞬きをし、ぼんやりと俺を見る。

「へ…」
「あ、起きちゃった?」
「ん、……夢、見てた…」
「夢?どんな?」
「精市くんにだっこされてる夢だった…」
「……そう」

その時の嬉しそうに笑った彼女の笑顔が愛おしくて、俺は思わず顔をそむけた。そして閉じっぱなしになっていた本を開く。俺の突然の行動に一瞬不思議そうな顔をした彼女も、安心したように笑った。

「やっと本読む気になったんだね!」
「ん、まぁ…ね」

別に本を読みたくなったわけではない。ただ不意打ちで熱くなった頬を何とか隠したかったから。彼女はたまに、とんでもなく可愛い発言をするから困るのだ。

再び課題と格闘を始めた彼女の横顔をちらりと見る。やっぱり俺は彼女のことがとても好きだ。そう思った瞬間、俺の身体は暖かい気持ちでいっぱいになった。

my sweet girl

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