スイート・ビター・スイート | ナノ
駅の近くの公園、まだそれほど遅い時間ではないけれど私たち以外には誰もいなかった。ベンチに腰掛け、先程自動販売機で買ったミルクティーのプルタブを開ける。
甘いにおいが冷たい空気に充満する。けれど甘いはずのミルクティーは少しだけ切ない味がした。
case.73
「この怪我、さ…」
精市くんがゆっくりと話始める。私は一言も聞き漏らさないよう、しっかりと精市くんの方を向いて続く言葉を待った。
「仁王にやられたんだ」
「…仁王、くん…?」
「うん。多分美桜も話そうとしてくれてたよね?ずっと何か言いたそうにしてたから…」
「…え?」
「でも、全部仁王に聞いた」
「…っ 、」
精市くんの透き通った声が私の鼓膜を震わせる。全部、聞いた?思わず言葉を失った私は何も言うことが出来なかった。そんな私の状態をまるで見透かしているように、精市くんは言葉を続ける。
「仁王に好きだって言われたんだってね。あいつ昨日部活来てさ。いきなりそんなこと言い出すもんだから驚いたよ」
「仁王くん、が…?」
「うん。抑えられなくなったから、告白したって」
「…っ 」
「ムカついたから思わず殴った。ら、殴り返された。それで、この様だ」
そう言いながら、精市くんは自分の頬を指差して力なく笑う。
精市くんの言葉を聞いて、私は一体どう答えればいいのか分からなかった。本当に私の言いたいことが分かっていたなんて。まさか仁王くんから精市くんに直接話が伝わるなんて思っていなくて、正直混乱していた。私から話そうと思って考えていたことすら消え去ってしまったように、何も言葉が出てこなかった。
そんな私の目を見つめ、精市くんは言う。その表情は先程とはうって変わって、真剣なものだった。
「美桜」
「…っ、は、い」
「仁王は本気だって言った」
「…っ、」
「遊んでた理由も、そうなるに至った原因も、全部お前への気持ちだって」
「…う、ん」
思わず視界が滲む。精市くんの真剣な表情、そして鼓膜を震わす声。ここで泣いてしまったらきっと精市くんを困らせてしまうだろうから、必死に我慢をする。けれど次の瞬間私の身体は精市くんの両腕にすっぽりと包まれ、堪えていた涙が一気に溢れ落ちた。
「でも、俺は絶対に美桜を渡したくない」
「…っ、 !」
「仁王とは中学からの付き合いだし、信用出来ない部分もあるけど、大事な仲間だと思ってる」
「…っ、うん」
「だけど、それとこれとは話が違う。例え仁王が美桜を好きでも、絶対に渡さない。…渡したくない」
「…精市くん… っ」
精市くんの強い口調が胸に響く。思わず精市くんの制服をきゅっと握ると、私を抱き締める腕に力が入る。心地よい痛みだ。
そして私も精市くんの気持ちに答えようと、涙のせいで鼻声になってしまった変な声で、言葉を紡ぐ。
「精市くん…っ」
「…ん?」
「私、仁王くんと、ちゃんと話す…っ、このままじゃだめだってこと、分かってるから…」
「…うん」
「ちゃんと話して、そしたら……っ、精市くんのとこ、戻ってきてもいいですか…?」
「ん……、待ってる」
私の頭を優しく撫でる掌に、胸の奥の方がきゅっと軋む。
少しだけ残ったミルクティーはすっかり冷めてしまっていたけれど、先程とは違ってどこか甘ったるい味がした。