スイート・ビター・スイート | ナノ
昨日は結局携帯のことなどさっぱり忘れたまま家に帰ってしまった。けれど今朝教室の机の中に入れっぱなしになっていたのを見つけて安心した。
case.72
『おはよう。昨日はメール返せなくてごめんね。今日は一緒に帰れますか?』
そんな内容のメールをホームルームが始まる前に精市くんに送信する。話すと決めたら早い方がいい。今日、絶対に今日話すんだ。と意気込むも、返ってきたメールを見てうなだれる。
『おはよう。ごめん、今日は部活に行くんだ。明日なら大丈夫だから』
そんなメールが返ってきて、どこか少しだけ安心してしまった自分がいることに気付く。昨日の今日で、感情を整理して上手く話せるか分からなかったからだ。かといって日数を置けば上手く話せるかと言ったら決してそうではないけれど。
了解のメールを返して、携帯を机の中に入れた。
「今日幸村くんと帰るんでしょ?」
「…うん」
次の日の放課後、約束通り今日は精市くんと帰る。
前の席のななちゃんが少しだけ心配そうな表情で振り向き、言った。
「ちゃんと話すよ。それで、仁王くんにとも、話す……話せるように頑張る…」
「なーに弱気になってんの。もう一回喝入れてあげようか?」
「……大丈夫、ちゃんとする!」
「ん、頑張っておいで」
ななちゃんの笑顔に見送られて、私は教室を出た。
大丈夫、ちゃんと精市くんに話す。嫌な思いをさせるかもしれない。でも、私には精市くんしかいないのだし、それを改めて知ってほしい。
だから、大丈夫。
「……え」
少し久しぶりに見た精市くんの顔は、いつもと違っていた。話そうと思っていたことがすべてどこかへ抜けていってしまいそうなほど私は驚き、動揺を隠すことができなかった。
「ほっぺ、どうしたの!?」
「………」
「腫れてる…それに絆創膏まで…!」
精市くんの綺麗な顔には不似合いな絆創膏。口元に貼られたそれが痛々しい。隠しきれていないそこからは、赤い血の痕が見えた。
精市くんは何も答えず、「行こう」と私の手を引き学校を出た。
黙って歩く精市くんからは、何かを言いたそうな雰囲気が伝わってくる。同じように私も、聞きたいことも言いたいことも沢山あった。そしていよいよこの沈黙に耐えきれなくなって、私は恐る恐る口を開いた。
「怪我…どうしたの…?」
遠慮がちに聞いてみるも、返事が返ってくるかは分からない。そんな不安でいっぱいだった少しの沈黙の後、精市くんは私の手をきゅっと握り返して言った。
「ちょっと話していこっか」
少しだけ眉根が寄っている、切なげな笑顔。私の話したいことは、精市くんはきっともうすべて知っているんじゃないだろうか。そんな気がしてならなかった。