スイート・ビター・スイート | ナノ
嘘かと思うほど真摯な瞳で、初めて聞く真面目な声色で、そしてあんなにも強く抱き締められて告げられた言葉が、私の胸をきつくきつく締め付ける。
「好きじゃ」
はっきりと聴こえたその言葉が、頭の中でぐるぐると巡って離れなかった。
case.70
「…っ、どうしよう…」
思わずぽつりと呟く。自分でも驚くほどか細い声だった。
仁王くんが、私のことを好きだと言った。どうして、なんで、とそんな疑問ばかりが浮かぶけれどあの真剣な表情を見てしまったらその言葉が嘘だとは思いがたかった。
以前精市くんと喧嘩をしたとき、私を励ますようなことを言いつつも「弱味に付け込みたい」と、不敵な笑みを携えながら告げられたことがある。でもそれは私をからかうための冗談だと思っていたし、勿論それ以降そんな素振りを見せられたことはない。あの時冗談のような口ぶりで言っていたこと、それさえも冗談だったのだろうか。
夕日が差し込む視聴覚室で一人、床に力なく座って考えを巡らせる。どうしよう、どうしよう、とそればかりが邪魔をしてまともに思考することが出来なかった。
そうしていると、やがて廊下に足音が響くのが聞こえてきた。そして視聴覚室の前でぴたりと足音が止まる。
「美桜っ!?」
ガラッと勢いよく扉が開いたかと思ったら、ななちゃんがひどく心配したような面持ちで部屋に入ってきた。床に座り込む私を見て、駆け寄って同じようにしゃがみ込む。
「美桜どうしたの…遅かったから心配したんだよ!?」
「ななちゃん…」
「今そこで仁王くんとすれ違ったけど…何かあった…?」
「…っ、」
仁王くん、という名前に身体がびくりと跳ねる。ななちゃんは私の顔を心配そうに覗き込み、驚いたような表情になった。
緊張の糸が途切れ、私の両目からは堰を切ったように涙が溢れていた。
「えっ、美桜!?どうした…!?」
「…っ、ななちゃん、ど、しよ…」
「美桜…?」
「…どう、すれば…いいのか…っ、わかんな…っ」
「落ち着いて…何があったの…?」
ななちゃんが優しく私の頭を撫でる。もう何をどうすればいいのか分からなくて、その行き場のない気持ちが涙となって溢れ出る。
「仁王、くんに…っ、告白、された…っ」
「…え?」
「好き、って…っ言われた…」
「……そ、っか」
「ど、 しよ、う…っ」
「美桜…」
それ以上言葉が出てこなかった私を、ななちゃんは何も追求することなくただ頭を撫でていてくれた。ケーキバイキング今日は無理かなぁ、とか、こんなに泣いたら目腫れちゃうかなぁ、とか、頭の片隅でぼんやりとそんな考えも浮かぶけれど、それよりも私の心の中はただ混沌とした気持ちでいっぱいだった。