スイート・ビター・スイート | ナノ

図書室でキスをしていた子とも、この前連れていた子とも違う女の子だった。誰とでも身体の関係を持つという噂はやっぱり本当だったのだろうか。


case.68


仁王くんに呼び止められ、逃げたいと思っているはずなのになぜだか身体が動かなかった。そんな私の背後からは二人のやり取りが嫌でも聞こえてくる。

「もうお前さんに用はないき、帰りんしゃい」
「なっ、このあと、デートしてくれるって…!」
「気が変わった。悪いが、消えてくれんかのぅ」
「…っ、最低っ!」

バシッと乾いた音が響いたと思ったら、私の横を女の子が勢いよくすり抜けていった。すれ違い様に見えた大粒の涙を浮かべた表情になぜか胸が締め付けられた。
そして気付く。この部屋には今、私と仁王くんの二人しかいない、と。そんな状況にどんどん緊張感が募る。

私は振り向くのが怖くて、でも逃げることもできず身動きが取れない。仁王くんは小さく溜息を吐いたあと、私の方へゆっくりと近づいてきた。

「なぁ、美桜ちゃん」
「な、に…」
「また美桜ちゃんに見られるとはのぅ」
「っ、見たくて見たわけじゃないよ…!大体、こんなとこで、な、何して…っ」
「――何って、セックスに決まっとるじゃろ」

低い言葉で紡がれる淡々とした言葉が私の鼓動を速めていく。いつも以上に言葉の節々に棘を感じて、ただ単純に仁王くんのことが怖かった。私の背後で仁王くんは今どんな表情をしているのだろうか。

「今の子、彼女じゃないの…?」
「そんなわけないじゃろ。あんな軽そうな女」
「でも、その、…身体の関係はもってたんでしょ…?」
「あっちが誘ってきたから一回ヤっただけじゃ」
「…他の子とも…そういうこと、してるの…?」
「……あぁ」

何でもないことのように言い放たれる言葉に、私の心臓はずきずきと痛む。噂はやっぱり本当だったのだ。精市くんの言っていた通りだ。こんなのどうかしている。
私は意を決し振り向き、仁王くんと視線を合わせた。鋭い眼光に一瞬怯みそうになるけれど、逸らしはしない。

「何で、こんなことするの…?」
「…は?」
「授業にも出てないんでしょう…?部活にも、行ってない、って…」
「…幸村に聞いたんか」
「っ、精市くんも心配してる…こんなこと、やめようよ…さっきの子もそうだし、他に泣いてる子だって、いっぱいいるはずだよ…」

偽善者だって突っ撥ねられても構わない。だけど、精市くんも他のテニス部の子たちも心配している。それに先程すれ違った女の子の涙が頭から離れなかった。きっとあの子だけじゃない、同じように仁王くんの言葉で涙を流した子はたくさんいるはずだ。
そして何よりも、たった今見た仁王くんの瞳が、何かを憂いているような、何かを諦めているような気がしてならなかったのだ。

私の言葉に一瞬仁王くんは驚いたような表情をしたけれど、すぐに元通りの気だるそうな表情に変わった。そして沈黙を破るように、仁王くんの喉の奥で笑うような笑い声が響く。

「くくっ…」
「仁王、くん…?」
「美桜ちゃんはバカじゃなぁ…」
「え…?」
「たった今まで俺はここで女とヤっとった。まだその熱が治まっとらんところに、他の女が来たら…」
「…え……っ、や…!」
「襲ってくださいって言っとるようなもんじゃろ」
「や、だ…っ!」

突然のことに頭が着いていかない。いきなり腕を引かれたと思ったら、そのままきつく抱き締められた。身体を捩っても声を上げても、びくともしない。そして腰を引かれてさらに身体を密着させられ、身動きが取れない。
痛いくらいの抱擁に、恐怖と緊張で視界が滲んでいった。

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