スイート・ビター・スイート | ナノ
case.05
あぁ、びっくりした。
というのもさっき目撃した幸村くんとA組の女の子とのやりとり。いわゆる告白ってやつで、幸村くんはてっきり優しく接するのかと思っていたのに。まさかあんな喧嘩売るようなことを言うなんて。勿論とばっちりが来るとしたら私が受けることになるんだけど、カッコ笑い。いや、笑っている場合じゃないんだけど。
今こそ僻みや妬みからくる嫌がらせはほとんどなくなったけれど、幸村くんと付き合った当初はそりゃもうひどかった。あの時は本当に胃に穴が開くかと思った。
とにかくさっきの幸村くんにはびっくりした。そして何よりも、かっこよかったなあ。あんな風に真っ直ぐ気持ちを言葉にできる幸村くんが、私はとても好きなのだと思う。
そんな彼の隣にしゃんと立っていたいと、強く思っているのは間違いないのに。
「どうしたの?今日はいつもに増してぼけっとしてるじゃないか」
「(いつもに増して…!?)や、そんなことないです」
「目が泳いでる」
悶々と考えていたら目の前に幸村くんの顔。そして彼は間違いなく私の様子がおかしなことに気付いている。さすがに先程の告白シーンを見られていたとまでは気付いていないようだけれど、これはさっさと白状した方が身のためだと、なんとなく私の本能が叫んでいる、気がする。
「何かあった?」
「や、あの、さっきの…」
「さっき?」
「告白、されてたよね…?」
「あぁ、見てたんだ」
ふわふわの卵焼きを口に運びながらしれっと言った幸村くん。もっとこう、恥ずかしがるとか慌てるとか、一般の男子高校生らしい反応がほしいようなほしくないような。
「よかったの…?」
「何が?」
「や、なんか…あんなにきつく言っちゃってよかったのかなぁ、って…」
「………あぁ。ああいうタイプの子にはあれぐらい強く言わないと引いてくれないでしょ」
「そ、うだよね…」
でも可愛い子だったよ?なんて口が裂けても言えない。だってなんだか幸村くんの声が怖い。いつもみたいな優しい声色ではなく、怒っているような、そんな声。
「幸村くん、何か私気にさわるようなことしたでしょうか…?」
「うん」
「えっ!?ご、ごめん!」
「何で怒ってんのか分からないのに謝るな」
「ごめんなさい…」
どうしよう、幸村くんが怖い。こんな状態じゃ箸も進まない。
一方で幸村くんは黙々と弁当を食べ続ける。口に運ばれて行く可愛らしいミニトマトが幸村くんの黒いオーラを少しばかり和らげているような気がするけれど、やはり怖いものは怖い。どうしよう、どうしよう。
幸村くんのオーラに気圧されて、恐怖のあまりいよいよ涙が出そうになった、その時。
「あのさ」
「は、はいっ!」
「なに気遣ってるわけ」
「…へ…」
「別に関係ないだろ、あの子がどれだけ傷付こうが。俺はお前がいいって言ってるわけだし」
「は、はい…」
箸を止めて淡々と言う幸村くんに、私はただただ頷くしかできない。あぁきっと、母親に怒られてばつが悪そうな顔してる子供ってこんな気持ちなんだな、なんて思いながら。私を射抜くように真っ直ぐこちらを見る幸村くんから、なぜだか目が離せない。
「それに俺が最後に言ったこと、聞いてた?」
「う、ん。聞いてたよ…」
聞いてましたとも。あんなに恥ずかしいことをさらっと言われて、勿論嬉しかったし恥ずかしかった。でもそれと同時にあんなことを言われたあの女の子の気持ちも一瞬考えてしまった。
そんな私の返事を聞くと、幸村くんは小さく溜め息を吐いた。
「だったらもっと自信持てよ。俺が好きなのは美桜だけなんだからさぁ」
もう、もう本当に幸村くんはずるい。こういうことをなんの恥じらいもなく、さらっと言ってしまうところとか本当に尊敬する。でもそれ以上に嬉しい。素直にそう思えている自分がいるのも事実で。
あの女の子には申し訳ないけれど、この人は誰にも渡したくない。だから、少しだけ自意識過剰になってもいいのかな。ね、幸村くん。