スイート・ビター・スイート | ナノ

両親に「私の好きな人はこの人です」って紹介すること。それは恥ずかしいことだけれど、でも、何だか嬉しくて、くすぐったい。


case.61


「ただいまー」
「おじゃまします」

家に着いた時には外はすっかり暗くなっていた。
お母さんは私と精市くんを玄関に残して「ちょっと待っててね」と笑ってリビングへ入っていく。ふと精市くんを見ると、すぐに視線が合ってやはり少しばかり緊張しているような笑顔が返ってきた。
リビングの方からは「お父さんちょっとー」なんて語尾に音符でも付きそうなくらいルンルンな声が聞こえてくる。

「美桜の彼氏が来てるのよぉ」
「は…!?な、なんだって…?」
「だから美桜の彼氏!帰る途中で会ってね、連れてきちゃった!」
「なっ………そうか」
「今からこっち連れてくるからね!ものすごい格好いいわよっ」

お母さん、全部筒抜けです。そう言いたくなるくらいお母さんの声が大きくて恥ずかしい。思わず精市くんと顔を見合わせて、お互いに苦笑いになった。
そしてリビングの方から顔を出したお母さんがちょいちょいと手招きをする。なんだか私まで緊張してきてしまったけれど、お母さんがあまりに楽しそうな顔をしているものだから笑えてきてしまった。



「君が美桜の…?」
「こんばんは、おじゃまします。幸村精市といいます」
「あぁ…いらっしゃい」
「美桜さんと、お付き合いさせてもらっています」
「そ、そうか…」

お父さんの様子が何だか挙動不審の様でおかしい。精市くんも精市くんでいつもの調子からは考えられないくらいの堅い笑顔だ。私は一体どうすればいいのか分からなくて、お父さんと精市くんの顔を交互に見て事の成り行きを見守っていた。

「ちょっとお父さん堅いわよぉ?幸村くんも、そんな緊張しなくていいんだから!」
「お、お母さん…」
「ほらっ、ご飯の準備するからそっちに座っててちょうだいね!美桜は手伝って」
「あ、うん…」

お母さんの天の声(とは言い難いかも)で、私はキッチンへ、そしてお父さんと精市くんはなぜか二人でリビングのソファーに座った。お母さんはきっと、お父さんと精市くんに仲良くなってほしいと思っているのだろう。それは痛いほど伝わってくる。でもこのやり方はちょっと!と言いたくなると同時に、精市くんに心から謝りたくなった。

そんな私の心情をお母さんは知る由もなく、二人分のお茶をお父さんと精市くんに持っていく。お母さんも会話に加わって何やら三人で話していたようだけれど、お母さんの笑い声が大きいのとテレビから聞こえる音で何を喋っているのかははっきりと聞こえなかった。



「お母さん、」
「んー?」
「お父さんと精市くんを二人にするのはまずかったんじゃ…」

戻ってきたお母さんに、ジャガイモを剥いていた手を止めて言う。 するとお母さんは一瞬きょとんとした顔をしたけれど、すぐにニコリと笑い答えが返ってきた。

「いいのよ、こういう時は男同士の方が」
「え、でも…」
「ほら、見て」
「…え?」

お母さんが笑顔で振り向いた先を私も見る。先程までは堅苦しい雰囲気だったリビングで、お父さんと精市くんが笑顔で会話をしていた。よく見るとどこから引っ張り出してきたのか分からないような私の小さい頃のアルバムを開いている。まだどこか遠慮がちだけれど、でも嬉しそうな笑顔で精市くんに話し掛けるお父さんと、同じように笑顔で相槌を打つ精市くんが見えた。

「幸村くん、本当にいい子ね」
「う、ん…」

お母さんのその言葉と笑顔に、何だか胸がじんと熱くなった。

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