スイート・ビター・スイート | ナノ
「今から進路希望表を配るぞー。これが最終になるから、しっかり考えるように」
中間試験が終わって数日たったある日のホームルーム、進路希望表が配られた。秋も深まり、そろそろ進路が決定する頃だ。
case.58
「美桜ー」
「んー?」
休み時間、前の席のななちゃんが先程配られた進路希望表を手に振り返った。
「美桜はそのまま立海大よね?」
「そうだよ。ななちゃんもだよね…?」
「うん、もちろん!」
「じゃあ大学でも一緒だね!」
私の言葉に、ななちゃんはにっこり笑う。
私は高校から立海に入ったこともあって、周りが内部生ばかりで初めはすごく不安だった。そんな私に声を掛けてくれたのがななちゃんだったのだ。その日から私たちはいつも一緒にいた。そんなななちゃんのことが私は大好きだし、一番の親友だと思っている。
だから大学も一緒だなんて、本当に嬉しい。
「大学でもよろしくね、美桜」
「うん!こちらこそ」
妙にかしこまったやり取りに、お互いに笑みが溢れる。
それからななちゃんは、希望表にスラスラとペンを走らせ始めた。早々に“立海大学”の文字を書き始めていて、思わず「早いよー」なんて笑ってしまった。
そして全て書き終えたななちゃんはトイレに行くと言って教室を出ていった。
――大学生、かぁ…
思わず笑みが漏れる。
ななちゃんはもちろん、精市くんも立海大に進学すると言っていた。このまま一緒に大学まで行けるなんて、こんな嬉しいことはない。大学生になった私たちはどんな感じなのだろうか。まだ見ぬ大学生活を想像しながら、ななちゃんが書いた希望表を眺めた。
「失礼しまーす」
ななちゃんが教室から出ていってすぐだった。ご丁寧な挨拶とともに聞き覚えのある声が教室に響いた。
「美桜先輩っ!」
そう、ついこの間まで勉強を教えていた赤也くんだ。私を見つけると名前を呼んで、こちらに駆け寄ってきた。
「赤也くん?どうしたの?」
「見てください、これっ!」
「え…?……あ!」
赤也くんが自信満々に差し出したのは一枚の紙。それは先日行われた中間試験の解答用紙で、問題となっていた英語のものだった。よく見ると名前の右上に「66点」と、そう表記してあった。
「すごいね赤也くんっ!頑張ったね!」
「でしょ!?0点が66点っスよ!しかも平均点は65点だったんで、ギリセーフっス!」
「本当!?じゃあ部活やれるね!」
「そうなんですよ!もう本当美桜先輩に感謝っスよー!」
赤也くんは解答用紙を握りしめてそれはもう嬉しそうに笑う。こんな笑顔を見せてくれるなんて、勉強会頑張ってよかったなぁと心から思う。なんだか子供の成長を喜ぶ親の気持ちが本当に分かった気がした。