スイート・ビター・スイート | ナノ
「美桜先輩っ!一生のお願いっス!俺に英語教えてください!」
「え、私…!?」
休み時間、ご丁寧に三年生の教室までやってきた赤也くん。何を言い出すかと思えば、まさかのお願い事だった。
case.54
「昨日あの後みっちり真田副ぶ…真田先輩に怒られまして…来週の中間試験で平均点以上とらないとしばらくテニス禁止だって…」
「わ、それは大変なことになっちゃったんだね…!でも何で私…?テニス部だったらもっと頭いい人いるでしょう…?」
「柳先輩が、美桜先輩は英語のテストいつも学年で上位にいるって…」
「柳、くん…?」
「参謀っス」
「そ、そう…」
参謀と呼ばれているらしい柳くんが、私がいつも英語のテストは学年で上位に入っていることを赤也くんに教えたらしい。確かに英語は他の教科よりに比べたら得意だけれど、人に教えるという話になればまた別だ。上手く教えられる自信なんてない。
でもこうやってわざわざ来てくれているわけだし、何よりも部活をやっていなかった私が「先輩」と呼ばれて頼られることが嬉しくないわけがない。
「えっと、私でよければ…上手く教えられるか分かんないけど…」
「まじっスか!?」
「うん…!」
「よっしゃー!ありがとうございます美桜先輩っ!」
赤也くんは昨日と同じように嬉しそうに笑って、私の両手を握ってブンブンと振る。よく分からないけれど何だか喜んでもらえたみたいだし、何より頼られているのだから私もしっかり教えなくては、と使命感が湧いてきた。テニスが出来るか出来ないか、それは私に懸かっているのだ。
「頑張ろうね!赤也くん!」
「はい!絶対平均点とるっス!」
「え?赤也が?」
「う、うん…」
その日の帰り道、早速赤也くんに頼まれたということを精市くんに伝えた。精市くんは一瞬苦い顔をして、その後小さく息を吐いた。え、もしかしてだめだった…?
確かに以前赤也くんと喋ったことがあったとき、精市くんはあまりいい顔をしなかった。でも内緒にしておくわけにはいかないので、恐る恐る話を続ける。
いくら赤也くんに英語を教えると約束したと言っても、私も中間試験の勉強をしなくてはならない。だから勉強を教えるのは朝と放課後の一時間ずつだけで、あとは随時分からないところを聞いてもらう、というやり方にしたのだ。その旨を精市くんに伝えると、今度は呆れたように笑った。
「必死だなぁ、赤也」
「あ、うん……どうしても平均点とってテニスやりたいみたいで…」
「赤也を見てくれるのは有り難いけど…でも美桜の成績が落ちたら元も子もないよ?」
「大丈夫だよ!ちゃんと勉強するもんっ!」
「そ?」
「うんっ!」
よかった、全然普通だ。むしろ「迷惑掛けるけど、頼むよ」なんて申し訳なさそうに言われて、何だか小さい子供を心配する親みたいだなと思った。
精市くんにも頼まれたのだから頑張らなくてはと意気込んでいると、私の右手を握る精市くんの手の力が急に強くなった。
「精市くん…?」
「あーあ、赤也に美桜とられちゃったなぁ」
「えっ!?」
「…なんてね」
確かに一瞬だけ見えた、拗ねたような表情に心臓がドキリと鳴った。嘘か本当か、本心か演技なのか分からないけれど、精市くんのことをかわいいと思ってしまった。