スイート・ビター・スイート | ナノ
精市くんの部屋。つい先日入ったばかりだというのに、今日はいつも以上に緊張している。それはこれからするであろう行為が、やけに現実味を帯びてきたからだろうか。
case.44
「どうしたの?急に」
精市くんは部屋に入ると冷房を入れて、ベッドに腰掛けた。先程からわけの分からない行動ばかりしている私を心配してくれているのか、その表情は堅い。そして私はというと、いよいよ緊張が最高潮に達していて何から伝えればいいのか分からない状態だった。
「美桜…っ?」
両手を精市くんに伸ばす。身体が震える。精市くんに伝わってしまうだろうか。
自分から抱き着くなんて初めてだけれど、こうすれば情けないくらい真っ赤な顔は見られなくて済むと思った。
「精市くん…あの、もう我慢しなくても大丈夫だよ……私、覚悟できてる、から…っ!」
「は…?」
身体だけでなく、声も震えていることに気が付いた。いきなりこんなことをいあて、きっと精市くんは驚いているだろう。でも、今の私にはこうすることしかできないのだ。こうすることでしか、不安を掻き消すことは出来ない。
「意味わかって言ってるの?」
「わ、分かってるよ…」
「今ならまだ我慢できるけど」
「しなくて、いい……大丈夫だから」
「………分かった」
精市くんの低い声が響く。その瞬間身体が離されて、そのまま深く口付けられていた。いつもの啄むようなキスではない。ひどく目眩がする、貪られるようなキス。
「…ん、んんっ…!」
「…っは、」
「せ、いちく…っ、ん」
酸素が足りなくて頭がぼうっとする。息継ぎをする暇も与えられないままもう一度口付けられ、同時に身体を押し倒された。
見上げた精市くんの表情はとても扇情的で、視線を外すことができなかった。
唇が離れたと思ったら、今度は背中のファスナーが下ろされる。そして制服を腰の辺りまで脱がされた。
「…っ!」
「恥ずかしい?顔、真っ赤」
「あ…!」
笑いながらシュッとネクタイを緩められ、そのまま精市くんの指が私のシャツのボタンを外していく。精市くんの美しいほどの笑顔に見惚れていると、ひやりとした冷房の風を肌に感じた。シャツのボタンはすべて外されて左右に大きく広げられ、おまけに下に着ていたキャミソールも捲り上げられる。こんな姿をまじまじと見られて、恥ずかしさのあまり消えてしまいたくなった。せめて目だけは合わせないよう、顔を背ける。
「み、見ないで…っ」
「何で?」
「…あ、…だめ…っ!」
「こんなに可愛いのに」
精市くんの低い声が私の鼓膜を揺らす。ブラのホックを外されて、今度は胸を露にされる。こんな姿見られたくないという羞恥心と同時に、本当にいよいよ"その時"が来たのだという恐怖感がふつふつと沸き上がってくる。どうしよう、怖い。
「せ、いち、く…」
「美桜…」
「え…?……っ、あ…!」
精市くんの舌が私の首筋を這う。その瞬間あの時感じた不思議な感覚が、また私を襲った。
小さく震える私などお構いなしに、精市くんの唇はどんどん下降する。首筋から鎖骨へ、そして更にその下へと進む。
「え…っ、や、待って…」
「待てない」
「や、っあ、ぁ…!」
精市くんの左手が私の胸を包む。そして唇はもう一方の胸の先端へと、達した。その瞬間、びくりと身体が震えて、思わず私は目をぎゅっと瞑ってその感覚に耐えた。
怖い、怖い、怖い。私じゃない私になってしまうような、身体が疼くような感覚。覚悟を決めたはずなのにいざこういう状況になると、ただひたすら恐怖だけが勝っていた。
それでも、精市くんは誰にも渡したくないのだ。どんなに怖くても、不安でも、例え涙がボロボロ溢れてきたとしても、私は絶対に精市くんを失いたくない。