スイート・ビター・スイート | ナノ
「で?結局昨日は一緒に帰ったの?」
「うん…」
case.43
「美桜が何事もなかったかのように振る舞えたとは思えないんだけど」
「うん…体調悪いの?ってすごい心配された…」
私の言葉にななちゃんは苦笑いをした。それに釣られて私も思わず苦笑いになるけれど、本当はそんな気分ではない。
昨日の帰り道は本当に散々だった。仁王くんに言われた言葉が頭から離れなくて、精市くんの前で上手く笑うことが出来なかったのだ。
精市くんが私から離れていったらどうしよう。そんなことあり得ないと思うけれど、でも…と、どんどん嫌な方向に考えてしまう。繋ぎ止めたい、私だけの精市くんでいてほしい。
そんな風に色々な感情がごちゃ混ぜになって、今や自分でも手に負えないでいた。
「幸村くんはそんな人じゃないと思うんだけどなぁ」
「分かってるよ…!でも、今のままじゃだめだって…ずっとこのままだったら、いつか呆れられちゃうんじゃないか、って、怖い…」
精市くんともっと近付けたら、きっとこの不安は消えてなくなるのだと思う。それでも、先に進むことで感じる、自分が自分じゃなくなるような恐怖。そしてこんな臆病な私でも好きでいてほしいという、我が儘。その間で揺れ動いて、どうしようもなく不安だった。
「あんまり思い詰めないようにしなよ?別に焦らなくていいんだから」
「う、ん。ありがとう…ななちゃん」
ななちゃんにポンと頭を撫でられて、少しだけ気持ちが和らぐのを感じた。
そしてその日の帰り道。今日は昨日よりも上手く笑えていると思っていた。けれど隣を歩く精市くんに思ってもいなかったことを聞かれ、顔が一気に引き攣ってしまった。
「昨日仁王と図書室で会ったんだって?」
その言葉にドキリと心臓が鳴る。きっと仁王くんが言ったんだ。
どうしよう。また前みたいに精市くんを怒らせて、喧嘩になってしまうんだろうか。そんなの絶対嫌だ。
「美桜?そんな泣きそうな顔しなくても、俺別に怒ってないよ」
「…え?」
「本当に偶然だったみたいだし。ただ、何を話したのかは気になるけど…、ね」
そう言って目を伏せた精市くんの表情に、胸がぐっと締め付けられる。
ごめんね、精市くん。また私、仁王くんの言葉に惑わされてる。精市くんのことは信じているけど、それでも不安なの。
どんなに前向きに考えようとしても、一度不安に思ったら最後、どんどん不安は大きくなっていく。仁王くんの言葉だけのせいじゃない。首筋の赤い痕をみるたびに、精市くんの気持ちが胸に刺さるのを感じるのだ。
「…美桜?」
思わずその場に立ち止まってしまった私を、精市くんは振り返る。そして私の顔を心配そうに覗き込んだ。その表情に心臓がきゅっと締め付けられ、申し訳なさと同時に精市くんのことが大好きだという気持ちが募る。
どうしても目を合わせることが出来なくて私は俯いてぎゅっと目を瞑った。
もう私の想いは――精市くんを何としてでも繋ぎ止めたい。その一心だった。
「精市くん…」
「ん…?」
自分でも驚くほど小さな声だった。震える手で、精市くんの掌に触れる。
「精市くんのお家に、行きたい」
大丈夫、覚悟はできている。速まっていく鼓動を落ち着かせ、自分に言い聞かせるようにしながらそう告げた。