スイート・ビター・スイート | ナノ
掴まれた腕が痛い。
出来ることならば今すぐにでもこの場所から逃げ出したい。切実に。
case.42
「キスマークつけられとるっちゅうことは…お前さんらもうヤったんか?」
「や…っ!?」
「…まだみたいじゃな」
仁王くんの言葉に顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなる。そうやって具体的な言葉で言われるとこうも生々しく、恥ずかしいものなのか。
そして私の反応で理解したらしく、仁王くんは更に楽しそうに笑い声を上げた。
「いちいち恥ずかしがっとるようじゃ、美桜ちゃんには一生無理じゃなぁ」
「っ、そんなことないっ!き、キスはしてるし…っ!」
「……くくっ」
私の言葉に、仁王くんは噛み殺すように笑う。失礼な人だな本当に。いちいち人をからかうようなことを言って、そして完全に自分のペースに持ち込むのだ。
精市くんに心配掛けたくないし、もう前のように喧嘩をしたりしたくない。だからさっさとこの場所から離れたかった。
けれど私の腕を掴む仁王くんの掌がそれを許さない。
「キス"は"っちゅうことは、その他はやっぱりまだなんじゃな」
「…う」
「付き合ってもう結構経つじゃろ?」
「そ、そうだけど…」
「いくら幸村でも我慢の限界っちゅうもんがあると思うんじゃけど」
その言葉がぐさりと胸に刺さった。
やっぱり私は精市くんに我慢をさせているんだろうか。確かに精市くんの口から、そのようなことを聞いた。けれど 今はまだ我慢をする、とも言ってくれた。あの時はその言葉に安心しきっていたけれど、やっぱりこのままではだめなんじゃないか。
仁王くんは面白半分で、きっとわざと不安を煽るようなことを言っているのだろう。そう分かっているはずなのに、それでもその一言で一気に不安が襲い来る。
思考が追い付かず言葉が出てこない私に追い討ちをかけるように、仁王くんは更に口を開いた。
「幸村の奴お前さんと付き合う前は結構遊んどったき、今はかなり我慢しとるんじゃろうなぁ」
「…っ」
「付き合う前の幸村は、知っとるじゃろ?」
「…知ってるけど、でも、私と付き合うってなった時にちゃんとしてくれたから…」
「でもいつまでたってもヤらせてくれん女、俺は嫌じゃけど」
冷ややかに言い放って、仁王くんは私の腕から手を離した。
「じゃあ俺は部活に行くぜよ」
そう言ってヒラヒラと手を振って図書室を出ていった。残された私の脳内で、最後に放たれた言葉が何度も繰り返される。
『でもいつまでたってもヤらせてくれん女、俺は嫌じゃけど』
精市くんがそんな人だなんて思っていない。
私と付き合う前までは、仁王くんには及ばないけれどそれなりに女の子との噂があったのは知っている。それでも私と付き合うようになってからは、私だけを大切にしてくれている。それは痛いほど実感しているというのに。
小さな不安はどんどん大きくなって、もう止まらない。精市くんのことは信じているけれど、それ以上に何とかして繋ぎ止めたいという気持ちの方が大きくなっていった。