スイート・ビター・スイート | ナノ
地元の駅で電車を降りて、精市くんの家までやってきた。
「飲み物持っていくから先に部屋行ってて」そう言い精市くんはリビングに向かう。私はその言葉に返事をして、二階への階段を上った。
case.37
綺麗に整頓された精市くんの部屋。どこに座ろうか迷ったけれど、いつも通りベッドにもたれるようにして腰かけた。
開け放った窓からは気持ちのいい風が入ってくる。自分の髪が風に吹かれるのを感じて、思わず手をやった。指先にふと触れたのは、先ほど精市くんがプレゼントだと言って買ってくれたバレッタだった。
――ほんと、嬉しいなあ…
頬が緩んでいることに気付く。そしてそういえばちゃんと見ていなかったな、と思って鏡を取り出した。右耳の上辺りに着けられたバレッタは、やっぱり可愛かった。精市くんが似合うって言ってくれたから、なんとなく本当に似合っているような気がしてならなかった。
「おまたせ…って、何やってるの?美桜」
「えっ、」
ガチャリとドアが開いて、お盆を持った精市くんが入ってくる。見惚れていました、なんて恥ずかしくて言えない。それでも精市くんにはお見通しなんだろう、楽しそうに笑いながら私の前にグラスを置く。そしてくすくすと笑いながら私と同じようにベッドにもたれるように座った。
「そんなに気に入った?」
「うん、もちろん…!だって、精市くんが選んでくれたんだもん」
本当に嬉しくて、私は思わず満面の笑みなった。精市くんは一瞬だけ驚いたような表情をしたけれど、きっと同じように笑い返してくれる――そう、いつもならそうなるはずだった。
「……その笑顔反則だって」
「え…?」
そう呟いた精市くんは、隣に座る私の腕を引いた。そして、距離がぐんと縮まる。
「せ、精市くん…!?」
「ん?」
精市くんが、近い。私を後ろからぎゅっと抱き締めて、あれよあれよと言う間に体を密着させられる。精市くんの腕が前に回されてがっちりとホールドされているために身動きがとれない。その上、息遣いまで聞こえそうなほどの距離感に心臓が破裂しそうだ。
「あの、急に、何で…」
「美桜が可愛い顔するから」
「してな…っ」
「してる。心底嬉しそうな顔しちゃってさ、我慢しようと思ってたけどもう無理」
耳元で聞こえた少しだけ低い声に眩暈がした。背中越しに精市くんの鼓動まで聞こえそうなくらい密着している。その事実に、私の心臓は更にスピードを上げた。
「あの、精市くん…」
「…だめ?くっついちゃ」
「や、だめとかじゃなくて…あの…」
「恥ずかしい?」
「う、うん…」
「ふ、可愛い」
愛でるような声が耳元で響く。だめだ、これはなんの仕打ちだ!こんな近距離で、恥ずかしい体勢で、しかも可愛いとか言われて平静を保てと言う方が無理な話だ。恥ずかしさのあまり何も言い返せないでいると、精市くんは小さく笑った。
「美桜、ちょっとこっち向いて」
「え…?」
「キスしたい」
「きっ、キス…!?」
「……嫌?」
と、少しばかり寂しそうな声が耳に響く。
そんな言い方、ずるい。どうせ私をその気にさせるための演技だろうと分かっていても、私はいちいちドキリと胸を高鳴らせるのだ。そして精市くんも私がノーと言えないことをきっと分かっているのだろう。
「や、じゃないよ…?」
「じゃあ、こっち向いて」
「う、ん…」
抱き締められていた腕が緩み、精市くんの方を振り返る。視線が合えば、もう逃れられない。吸い寄せられるように距離が縮まり、瞼を下ろせばすぐに唇が重なった。