スイート・ビター・スイート | ナノ
仁王くんと話した時は、さっぱり忘れていた。以前精市くんに、仁王くんとは関わらないでほしいと言われていたことを。思わず血の気が引いていくのを感じたけれど、なんとか心を落ち着かせる。
大丈夫、精市くんは私が今日仁王くんと話をしたことを知らない。だから、私から言わなければきっと知らないままで終わる。だから、大丈夫……多分。仁王くんが精市くんに言っていないか、気が気じゃないけれど。
case.26
精市くんを待って、ちょうど日が暮れた頃に二人で校門を出た。
思っていた通り部活が終わったあとに精市くんは女の子たちに囲まれていたけれど、なんとか抜け出してきたみたいだ。相当疲れているだろうに、私の前ではそんな素振りなんて全く見せない。
駅までの道をゆっくりと歩きながら、他愛のない話で盛り上がる。よかった、機嫌は悪くない。きっと仁王くんは何も言わなかったんだ。
「美桜、」
ちょうど横断歩道に差し掛かって信号が変わるのを待っていると、精市くんが少しだけ真面目な声で言った。私が夜空に輝き始めた星を眺めていた時だった。
「何?精市くん」
「…あのさ、最近のことなんだけど」
「……うん」
信号が青に変わって、歩き出す。
珍しく精市くんが私の顔色を窺っているようで、物凄く変な感じがした。きっとあのことだ。精市くんがこんな表情をするなんて、今はそれしか理由が思いつかない。
でも、精市くんは何も悪くない。私が倒れたのも、精市くんが私を運んでくれたのも、それが原因で精市くんの周りに女の子たちが寄ってくるのも、誰も悪くないのだ。少し前まではもやもやが止まらなかったけれど、仁王くんと話をしてから幾分か心が晴れていた。少しだけ後ろめたさはあったけれど…主に仁王くんのことで。
「全然気にしてないから大丈夫だよっ!」
「そう、なの?」
「うん!」
「本当…?」
「うん、励ましてもらったから平気だよ!………あ」
「……励ましてもらった?誰に?」
「あ、えっと、ななちゃんとか…!」
私は本当にバカだ、何でこんな時に口を滑らせる。一瞬で精市くんの表情が強張り、空気が凍り付く。あんなに関わるなと念を押されたのに、本当に自分を呪いたい。でもうまくごまかせば大丈夫だ、うん。
なんて、そんな考えが精市くんに通じるわけはなく。
「ななちゃん、とか?」
「とか…え、っと…えっと…」
「誰に励まされたって?」
「う………に、仁王、くん…」
「は?」
「…っ、仁王くんに、精市くんが女の子たちを邪険にしない理由とか教えてもらって、励ましてもらいましたごめんなさいっ!」
「………そう」
精市くんの笑顔が凍り付いた。
完全に墓穴を掘った。バカすぎる自分。