スイート・ビター・スイート | ナノ
放課後。
テニスコートを囲むように、黄色い歓声を送る女の子たち。その視線の先には、もちろん精市くん。
その様子を私はテニスコートから少し離れた所から見ていた。本当は近くで見たかったけれど、大勢の女の子たちの中に入っていくのは怖かったし、なにより精市くんに向かう歓声を聞きたくなかった。
case.25
「お前さん、こんなとこで何やっとるんじゃ?」
聞き慣れた声に、独特の喋り方。嫌な予感しかしない。
声の聞こえた方を振り向くと、ジャージ姿の仁王くんが立っていた。休憩中だろうか、首に掛けたタオルで水が滴る顔を拭く。
「別に、何もしてないよ」
「そうか?隠れてこっそり、幸村がキャーキャー言われとるところを見とると思ったんじゃけど」
「っ!わ、分かってるならわざわざ聞かないでよ…」
やっぱりこの人苦手だ。人の痛いところを何の躊躇もなしに突いてくる。眉をひそめる私などお構いなしに、仁王くんは飄々とした態度で続ける。
「お前さんの彼氏、最近ようモテとるみたいじゃのう」
「う…」
「彼女の威厳なしじゃなぁ」
「わかってるもん…ほっといてよ…」
もうやだ仁王くん。この人意地悪すぎる。詐欺師だか何だか知らないけれど、ロクな性格していないよこの人。と、心の中では散々毒づくけれど怖くて口に出すことはできない。チキンだと笑うがいい。
そんな私の表情を見て、仁王くんは楽しそうに笑う。そんなに人が落ち込んでいるのが楽しいか。と、思っていると今度は少しだけ真剣な表情で言った。
「まぁ、幸村もあんなに女たちに囲まれて鬱陶しそうじゃけどな」
「へ…?」
「でも迂闊に拒否ると彼女に矛先が向くかもしれないからなかなか邪険にできん、って言っとったような気がするけどのう」
「え…?」
「彼女には気使わせたくないからまだ言ってないけど、怒ってないか心配じゃって」
「精市くん、が…?」
「おっと、これは秘密じゃった」
ニヤリと笑って仁王くんは口を噤んだ。
仁王くんの言葉が正しいとすればつまり、精市くんは女の子たちを邪険に扱ったら、逆上して私に矛先が向くことを心配してくれていたってこと、だ。
なにそれ、そんなの言ってくれないと分からないよ。そんなこと全然気にしなくてもいいのに。それよりも私は、精市くんが他の女の子と喋っているのを見るのが嫌なのに。
「ま、どっかの誰かさんが幸村に抱き上げられたのを見て妬んどる奴らのことじゃき、そいつらの気が収まるのを待てばええじゃろ」
「う、うん…」
「大丈夫じゃ。幸村はお前さんしか見とらん」
「なっ………っ、うん」
珍しく真面目な表情で仁王くんは私にそう告げた。からかったり、意地悪なこと言ったり、かと思えば急に人を励ますようなこと言ったり。本当にこの人は何なんだろう。掴み所がなさすぎる。
「何でそんな、励ますようなこと言ってくれるの…?」
「さぁな」
「な、なにそれ…」
「……本当は弱っとるところに付け込みたい、って言ったらどうする?」
「はい…!?」
「冗談じゃよ」
意味のわからないことを言い残して、仁王くんは去っていった。取り残された私は一人でポカーンとしていて、さぞかしアホ面だったと思う。
人をからかったかと思えば励ますようなことを言って、かと思えば意味の分からないことも言う。本当に彼は分からない。
ただ、仁王くんに幸村くんの気持ちを教えてもらったことと、初めて真剣な表情で励ましてもらったことで、私の気持ちは幾分か明るくなっていた。