スイート・ビター・スイート | ナノ
昨日出ていた熱は宣言した通り、朝には平熱に下がっていた。お母さんにはもう一日休んだらと心配されたけれど、精市くんに会える!と思ったら自然と制服に袖を通していた。
というのに今現在、学校に来たことを後悔し始めている。
case.22
「だるい…気がする…」
「だから言ったじゃん。もう一日休めばよかったのにって」
「うー…」
体育の時間。ななちゃんに呆れられながらも、私は大好きなバスケをやりたいがために体操着に着替えて、体育の授業に参加していた。我ながらアホだとは思う。でもじっとしていると、ますますだるくなってくる気がする。
体育館には私たちの他に、どこかのクラスの男子もぞろぞろと入ってきていていた。人数が増えるに従って、熱気も籠もる。
「顔赤いけど大丈夫なの?」
「んー、多分…?」
「多分って…」
ななちゃんはため息を吐きながらも、私の頭をポンポンと叩く。心配させちゃってるな、と少し申し訳なくなった。ななちゃんごめんね。
体育館には、徐々に人が多くなっていく。チャイムが鳴るのももうすぐだ、と壁にかかる時計を見た。
その時、体育館に一際大きなざわめきが起こった。
「あっ!幸村くん!」
「えっ、うそっ!?」
「C組と一緒なんだ!ラッキー!」
「あー、もう今日もかっこいいーっ!」
次々に聞こえてくる歓声は、正に今体育館に入ってきた精市くんに向けられたものだった。決して声には出さないけれど、精市くんの姿を見て少しだけ胸が高鳴る。
精市くんたちのクラスも体育館なんだぁ。さすがテニス部部長、神の子、今日もモテモテだぁ。
なんて、脳内はやけに冷静でぼんやりとそう思う。それと同時に胸の奥がチクリとしたのを感じた。
精市くんがかっこいいなんて、知ってるもん。あんまりキャーキャー言わないでほしい。
「って、何考えてんだろ、私…」
精市くんが人気者なのは付き合う前から重々承知していたことだ。なのにこんなにもやもやするのはどうしてだろう。
こんなことを思ってしまうのもきっと、風邪のせいだ、そうだそうだ!と無理矢理自分を納得させて、ななちゃんの後ろに整列した。
未だざわつく中、ふと男子の方を見れば、精市くんもこちらを見ていて目が合ったような気がした。
ああ、やばい、頭が重くなってきたかも。と、後悔してももう試合は始まってしまっている。大好きなバスケなのに思うように体が動かなくて、ミスばかりする。
「美桜ー!大丈夫ー!?」
心配そうに私を呼ぶななちゃんの声に、大丈夫だよと返事をする。本当はあんまり大丈夫じゃないけど、と心の中で思いつつ熱い体で走る。
向こうの方では男子もバスケをやっていて、やっぱり精市くんは活躍しているらしい。こちらの女子までも、男子のコートの歓声を送っているのが嫌でも耳に入る。
いやだ、精市くんのこと、あんまり見ないで。これ以上、人気者にならないで。
そんな考えばかりが浮かんでは消える。熱い体に重たい頭。気付いた時には、体に力が入らなくなっていた。
「美桜ちゃん、大丈夫!?」
「先生っ!美桜ちゃんが…っ!」
「美桜っ!?」
ななちゃんが私の名前を呼びながらこちらに寄ってくる。でも、体に力が入らない。私、倒れちゃったのかな。頭がガンガンして、気持ち悪い。こんなに注目を浴びてしまって、恥ずかしいな。
授業は中断され、体育館は騒然としている。何が起きたのかとざわつく中、次の瞬間一際女子の声が大きくなった。倒れ込む私の元に駆け寄ってきたのは、
「美桜…っ!」
――精市、くん?
声にちゃんと出ていたのかな。精市くんはそのまま私を抱き上げて、先生に一言言うと体育館を出た。背後からは女の子たちの悲鳴が聞こえてきたような気がするけど、 もう私の体は限界だった。
うっすらと開いていた目を完全に閉じる直前、精市くんがひどく心配したような表情をしているのが見えた。