スイート・ビター・スイート | ナノ
風邪を引いた私の元へ精市くんがお見舞いに来てくれた。嬉しいけれど、とりあえずお母さんが興奮しすぎていてちょっと恥ずかしい。
case.21
ドアの外では何やらお母さんと精市くんが言葉を交わしているらしく、話し声が聞こえてくる。 何を喋っているんだろう。お母さんが変なことを言っていないといいのだけれど。
なんて思っているとノックの音が響き、ゆっくりとドアが開いた。入ってきたのは、
「精市くん…!」
「やあ。お見舞いに来たよ」
「ありがとう…!」
にっこり笑って、精市くんはベッドの横に腰を下ろす。
――わあぁ、精市くんだ…!精市くんが私の部屋にいる!
精市くんが自分の部屋にいるという初めての出来事に私はドキドキが治まらない。もっと綺麗に片付けておけばよかった、と出しっぱなしになっている雑誌の小山を横目で見た。
「気分はどう?熱はまだあるの?」
「んと、朝に比べれば良くなったんだけど…まだ微熱があるの」
「そっか、早く下がるといいんだけど…」
「寝れば治るよ。明日には学校行けると思う!」
「そんなこと言って、無理しちゃだめだからね」
「はぁい」
精市くんの大きな手のひらに頭を撫でられて、少しだけ熱が上がってしまったように感じる。きゅっと目を瞑れば瞼の奥がチカチカした。
「あ、お見舞い持ってきたんだ。食べる?」
「えっ、わざわざ…?」
「果物ゼリー、好きだろ?」
「好きーっ!ありがとう精市くん!」
「ふふっ、はいどうぞ」
「いただきまーす」
大きな桃が入ったゼリーを有り難く戴く。精市くんが買ってきてくれたからだろうか、大好きな桃がいつもよりも甘く感じた。
それから精市くんは今日学校であった出来事を一通り話してくれた。私はと言えば話を聞くのは楽しかったけれど、治まらないドキドキでまた少しだけ熱が上がってきたような気がしていた。
そんな私の様子に気付いたのか、精市くんは私の頭を撫でて言う。
「あんまり無理させられないし、そろそろ帰るよ」
「あ、うん…ありがとね!」
「……なに、寂しいの?」
「へ…」
少し意地悪な視線を私に向けて、精市くんは笑う。こんなときにまで私を試すようなことを言うなんて。それでも、いつもならば照れて可愛くないことを言ってしまうであろう問い掛けにも、今日は妙に素直に言葉が出てくる。
「寂しい、よ…」
思わず精市くんの制服をきゅっと掴む。これも、熱のせいだろうか。
「またそうやって俺を煽る…」
「あ、お…っ!?違う、そんなんじゃない…本音だもん…!」
「分かってるって。でも学校来れば会えるんだし、とりあえず今日は寝な?寝れば治るんでしょ?」
「ん…治る」
精市くんの言葉に促されて、ベッドに潜り込む。精市くんは私の頭を撫でる手を滑らせ、顔に掛かる前髪を左右によけた。そしてゆっくりと顔を近付ける。
額に唇の暖かい感触を感じた時、熱が更に上がったような気がした。
「…っ!せ、精市くん…っ!?」
「そんな顔真っ赤にして、また熱上がるよ」
「あ、う…」
「ほら、ちゃんと寝て」
「はい…」
「ん、いい子」
その後のことはあまり覚えていない。気を失うように眠りに就く直前に、もう一度私の頭を撫でて精市くんが立ち上がったのが見えた。
このままいっぱい寝て、風邪なんてさっさと治そう。
明日熱が下がっていなかったら精市くんのせいにしてやるんだから。