スイート・ビター・スイート | ナノ

「説明、してくれるよね?」

にっこりと凄みのある笑顔を向けられて、これはやばい と本能がそう叫んでいる。



case.19


「昨日ちょっと、な」

ここはなんとか穏便に済まさなければならない。
そんな私の気持ちは全力でスルーされ、仁王くんは精市くんに匹敵するくらいのいい笑顔でそう言い放った。

「ちょっとって何?」
「あ、あの…」
「保健室で会ったんじゃよ」
「ちょ…」
「は?保健室?」
「そうじゃ。俺が保健室に寝に行ったら、こいつがおってのう。そういや幸村の女じゃったなーって思って声かけた」
「………そう」
「あのー…」
「寝顔、可愛かったぜよ」
「…は?」
「あ、あのっ!」
「ちょっと美桜は黙ってて」
「は、はい…」

精市くんを怒らせないように私から昨日の出来事を説明しようと思ったけれど、私はどうやら蚊帳の外らしい。精市くんも仁王くんも笑顔だ。でも、醸し出すそのオーラは尋常ではない。できることならこの場から逃げ出したいほどだ。
仁王くんは絶対この状況を楽しんでいるとしか思えない口ぶり。精市くんも精市くんで目が笑っていないし、これはもう絶対に怒っている。
そんな恐ろしいほどの数秒の沈黙の後、精市くんは私の腕を引いてベンチから立たせた。そして私の右手をきゅっと握る。

「仁王…明日の朝練、覚悟しておきなよ」
「くくっ、怖いのう」
「帰るよ、美桜」

そのまま手を引っ張られて、言葉を発する隙も与えられないまま早足で歩き出す。
そんな私たちを見ながら仁王くんは相変わらず不敵な笑みを浮かべていて、この男とはもう二度と関わりたくない、そう心の底から思った。




校門を出て、駅へ向かう。精市くんは何も喋らない。けれど繋がれた手はそのままだ。やっぱり怒らせてしまったのだろうか。
どうしよう、私、何て言えばいい?どうしたら精市くんは、いつもみたいに優しく笑ってくれる?

「精市くん…」
「…何?」

小さく呼びかけた声に、精市くんも小さく答えてくれる。それを合図に、早足だった私たちはスピードを落として、いつも通りの足取りになった。

「あの、ごめんね…」
「何でお前が謝るの?」
「え、っと、わかんない、けど…精市くん、怒らせちゃったから…」
「…バカじゃないの」

立ち止まって、向かい合う。精市くんは怒っているような、でも呆れたような笑みを浮かべていた。

「仁王はさ、大事な仲間だよ」
「うん…」
「でもさ、あいつ女に対して見境ないから」
「う、うん…」
「いくらなんでも俺の彼女に手出すとかはないと思いたいけど、心配なんだよ」
「うん…」
「だから仁王にはあんまり関わらないで」
「は、はい…!分かった!」

それだけ言って、精市くんはまた私の手を引いて歩き出す。今度はさっきよりもゆっくり、私の歩調に合わせて歩いてくれている。

「言っておくけど、美桜も悪いんだからね」
「えぇ…っ!?」
「仁王に寝顔見せたんでしょ?」
「あ!う、それは…!」
「俺も見たことないのに」
「あ、えっと、ごめんなさい…?」
「だからすぐに謝るなよ、バカ」

もう怒ってはいない。精市くんは完全に呆れたように笑って、私の頭をくしゃっと撫でた。そしていつもの通り私はその笑顔に胸を高鳴らせるのだ。

「ところでなんであんな所にいたの?」
「あ、精市くんを驚かせようと思って…」
「俺を?」
「うん、思いっきり飛びついて行ったら驚くかなあって」
「お前そんな可愛いこと間違えて他の男にするなよ」
「しないよっ!ていうか、またそういうこと…っ!」

そんな私の反論を精市くんが聞いてくれるはずもなく。
強く握り返された掌に私もきゅっと力を込めた。

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