スイート・ビター・スイート | ナノ
幸村くんの名前?もちろん知っていますとも。
case.09
幸村、精市くん。
付き合うようになってからもう随分経つというのに、未だに私は幸村くんのことを苗字に"くん"付けで呼んでいる。幸村くんは私のことを名前で呼んでくれているというのに。この前拗ねたように 名前で呼んでくれないのかと言われてから、何度も名前で呼ぼうと試みている。
でも、でもね。恥ずかしいんだよ。努力はするから、もう少し待ってくれないかな幸村くん。
「何を恥ずかしがる必要があるの?」
いつも通りの昼休み。屋上で過ごしていると名前で呼ぶ呼ばないという話題になった。そして現在の心情を伝えると、返ってきたのはしれっとした回答。いや、何でか知らないけれど恥ずかしいものは恥ずかしいんです。
「だってずっと幸村くんって呼んでたし…急に名前で呼ぶなんて…」
「俺は美桜のこと名前で呼んでるけど」
「わかってるよ!でも…」
「じゃあこうしよう」
「へ?」
「これから俺のこと幸村くんって呼んだらその度に罰ゲームね。これ決定だから」
「え、えぇぇ …!?」
にっこりと笑って下されたのはとんでもない命令でした。これは私の意見は丸無視で有無を言わせない感じだ。その笑顔が怖すぎる。
反論したいけれどそんな度胸もないしなによりも怖い。けれどそれ以上に罰ゲームという言葉に恐怖を感じる。一体何をやらされるのだろうか。
「幸村くん、罰ゲームって怖すぎるんですけど…!」
「はい、早速罰ゲーム」
「なんで!?…………っ!」
勇気を振り絞っての反論は幸村くんの唇に呑み込まれた。優しく口付けられて、一瞬にして力が抜ける。まさか、信じたくはないけれど罰ゲームって!
「…なっ、今、なんで、きききキス」
「名前で呼ばないとキスするから。今は二人きりだけど、人前でも容赦しないからね?」
「そんなぁ…」
にっこりと満面の笑顔が眩しいです。反対に私は涙目。
キスは嫌じゃないけれどとりあえず恥ずかしいのと驚いたのと、人前でもこの人は容赦しないだろうと分かっているだけにかなりのプレッシャーだ。
「これからは名前で呼ばせて頂きます」
「うん、そうして。まぁ俺は別に罰ゲームになっても構わないんだけどね、キスできるし」
「私は構います!絶対ヘマしないもん」
「ふうん。じゃあ期待してるよ」
そう言ってくしゃりと頭を撫でられて、不意打ちだっただけに心臓がバクバク鳴った。
やっぱり私は幸村くんに弱いなぁ。ついさっきまでは笑顔が怖かったのに、急に私を甘やかすのだから。名前で呼ぶだけで喜んでくれるというのなら、恥ずかしさを捨ててそうしようじゃないか。
「あの、れ、練習する!」
「練習?」
「うん、いきなりだと呼べないかもしれないから!」
「ん、じゃあ呼んでみて」
「はい……せ………精市、くん!」
「…!」
「あはっ、やっぱ恥ずかし………っ、ん!」
なんで!
ちゃんと名前で呼んだのに、なぜ私は今キスをされているんでしょうか。突然の口付けに思わず変な声が出てしまい更に恥ずかしさが増す。もう何、何なの幸村様。
「美桜が可愛すぎるから悪い」
唇が離れて、少し低い声でそう言った精市くんに心臓が止まりそうなくらいドキドキした。精市くんの頬も少しだけ赤く染まっていたように見えたのは、気のせいじゃないよね?