どういうことなんだ。
連れてきてもらったわたしの自宅の住所は全くの更地で、さらに言えば周りの町並みすらわたしの知るそれとは異なったものばかりだった。
度々自宅や両親の携帯電話にかけてはみたけれど、やはりどれも繋がることはなかった。
「なんで……」
不安で涙が込み上げる。
何度も確認しているから場所を間違えているはずはない。なのに、どうして……。
隣に座るピエロはフム、と考え込むように顎に手を当てた。
「もしかするとみょうじさんは何らかの原因で元いたものとは違う世界線に来てしまったのかもしれませんね」
「……へ?」
彼の発言がいまいち理解できずにぱっと顔を向ければ、彼は怪しげに口角を上げていた。
「所謂異世界から来た、というやつです。いやなに、よくあることですよ。私も直接見るのは初めてですが」
「よくあること?!」
「ハイ!」
そう言って彼はにっこりとクマを歪ませ、明るく微笑んだ。
だけどまさかそんな、物語の中みたいなことが起こるなんて。
しかし現実に、突然見知らぬ場所に移動したり、在るはずの町がが存在しなかったりするのだ。どうやら信じるほかなさそうだ。
「でも……それならこれからわたしはどうすれば……」
「そうですね、ならばひとまずは私のところへ来るといいでしょう。部屋なら貸して差し上げます」
「ホントですか?!……あ、いや、でも悪いし……」
「私は構いません。貴女のような可憐な美少女なら大歓迎です☆」
「かれ……?えっと。それじゃあ、帰り方がわかるまでお願いしてもいいですか?その……ファウストさん?」
わたしは可憐ってガラでもなければもちろん美少女でもないと思うのだけれど、一体彼の眼にはどんな風に映っているのだろうか。この人の眼の下にはひどいクマがあるから、それがないわたしはとても健康的ですねとかそういう意味だろうか。
「ファウストというのは表の名でして!私メフィスト・フェレスと申します」
「表の名?なんかいろいろされてるんですね、メフィストさん」
「フフ、そうですね。僭越ながら"いろいろ"させていただいています」
相変わらず怪しく笑うメフィストと、一先ず安堵したわたしを乗せたピンクのリムジンが、再び正十字学園町を目指して夜道を走り抜けていく。
暗闇が遠退きたくさんの街の灯りに包まれるのを横目に感じながら、気がつけばわたしはそのまま意識を手放していた。
こうして、わたしの異世界生活は幕を開けた。
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2017年9月執筆
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