犬猿


「おいコラ戌女!!てめェ誰の断り貰てこの任務参加しとんねん、オォ?!」
「ハア?!お申は黙りよし、私かてアンタがおる聞いとったらこないなとこ来いひんだわ!」

 京都のとある森の奥に位置する廃れた工場。そこは既に潰れていて、すっかり魍魎コールタールが蔓延っていた。
魍魎王コークスが潜んでいる恐れがあるためか、こうして中級以上の祓魔師エクソシストが任務に赴いたわけなのだが。

「まあ落ち着け金造。名前も。なっ」
「せやかて柔兄!俺こいつおったら集中でけへんし」
「嫌やわ……アンタと知り合って20年経つんに、アンタが集中しとるとこなんて今まで見たことあらへんわ」
「何やと……?!やるか、戌女ァ?」
「フン、ええやろ。やったるわお申」

「やるなら任務にしよなァ、金造、名前」

 止まらない言い争いにいい加減腹が立った俺が静かにそう制すと、仕事に来ていることをようやく思い出したのか、2人して大人しくなった。

 志摩金造と苗字名前。
 2人とも明陀宗に属する中二級祓魔師エクソシストで、生まれた時からの幼馴染……どちらかというと腐れ縁だった。
 馬が合うらしく幼い頃はいつも2人仲良く遊んでいたというのに、高校に入学した頃からは喧嘩でもしたのか顔を合わせればこの調子なのだ。
 2人とも家を出て東京の正十字学園へ通っていたため、当時何があったのかなんて知るよしもないのが厄介だ。

「ちゅうか、今回の任務に柔造さん呼ばはるなんてえらい用心深いんやなあ。依頼主さんは」
「アホか。魍魎王コークスもおるかも言われとるんやぞ。柔兄呼んで正解やろが」
「誰がアホや、柔造さんは上二級やろ。いくら魍魎王コークス言うても役不足や思うわ」
「は?お前、柔兄が魍魎王コークスに劣る言うてるんか?オン?」
「ハア……本を読みよし」

 そう言って溜息を吐きながら呆れがちに金造(とその後ろの俺)を振り返った名前の背後の瓦礫で、黒い何かが蠢いた。

「名前、後ろ……!」

 俺が咄嗟に名を呼んだ瞬間、瓦礫がガラガラと音を立てて崩れ始めた。どうやら件の魍魎王コークスはこの瓦礫の下に潜んでいたらしい。
 その姿を見た名前が真言マントラを唱えようと印を組んだのだが、足元の瓦礫も同様に決壊し、覚束ないそれに転びそうになる。
魍魎コールタールの集合体とはいえ、相手は魍魎王コークスだ。このままでは名前の身に危険が及ぶ。助けなければーーそう思った時、咄嗟に動きに出たのは金造だった。

「名前!」

魍魎王コークスに錫杖を突き刺し、名前の腕を掴み勢いよく引いて、徐ろに自身の胸に抱き留めた。そのまま身を引いて印を組んだかと思えば、突き刺した錫杖の先に魔除けの札を貼っていたらしい、詠唱と同時に魍魎王コークスは朽ち果てていった。


「ーーこのアホ!油断しとるからやぞ」

 すっかり静まり返った廃工場で、金造の怒声が響いた。
 いつもの調子ならこのあと名前も負けじと言い返すのだが、今回ばかりは彼女もしょげているらしい、ばつの悪そうな表情をしている。

「まあ、名前も金造も怪我せんくてよかったわ」

 沈黙に耐えきれずにそう声をかければ、ずっと黙り俯いたままだった名前がふと顔を上げた。わかりづらいが、その白い肌がほのかに赤く染まっているように思う。

「……助けてくれて…………ありがと」

 絞り出すように発されたその小さな礼に、金造は満更でもなさそうな表情を見せた。



「なぁ、金造」
「お?」

 無事任務報告も終わり、自宅に帰ったその夜、俺は金造の自室を訪ねた。

「ずっと聞きそびれとったんやけど、お前ら高校の時に何があったんや?」
「お前らて?」
「名前の話や」

 俺はてっきり高校時代に何か大喧嘩でもしてすっかり仲違いしてしまったのだと思っていたのだが、今日の様子を見ているとそうでもなさそうに感じたのだ。なんというか、まるで俺と蝮のような……。

「別になんもあらへんけど」
「なんも?喧嘩とかしたわけちゃうんか」
「喧嘩なんぞしとらへんわ、どうしたんや?柔兄」
「どうしたはこっちやで……。お前ら高校入るまではあない仲良うしてたんに、夏休みに帰ってきたときからはえらいツンケンしとるやないか。なんかあったんやろ?」

 喧嘩かなにかしたのならばそれは個人の問題であって、部外者が余計な口を挟んでも仕方がない。しかし、そうではないのなら話は別なのだ。何か大きな問題があるのかもしれないし、もう5年も経ってしまったが、これはこの機会にきちんと突き詰めておいた方がよさそうだ。
 すると金造は俺の視線から気まずそうに顔を逸らして口を開けた。

「……アイツ見とると気持ち悪いんや」
「…………はあ?お前……」
「あっちゃうちゃう!そないな意味やないで!」

 ここにきてまだ彼女への悪態を吐くのかと思わず呆れた顔を向ければ、咄嗟に手を振ってそれを否定した。

「……ようわからん気持ちになんねん。高校入ってからのアイツ、なんやモテ始めよって。それ見とるとムカムカしてくる言うか、なんや……とにかく腹立つねん」
「それで最近みたいに悪態吐いてまうって?」
「せや」

 その返事に俺は無意識に深く溜息を吐いた。
 要するに金造は、仲良くしていた幼馴染が高校に入学した途端他の男から言い寄られ始めたものだから嫉妬していたのだ。しかしそうとは自覚しておらず、ただただ理由の知れない苛立ちを名前にぶつけていたと……。

「お前、アホやアホやとは思っとったけど、ここまでくるとどうしようもないな」
「な?!なんでや、なんか俺悪いとこあるか?!」
「全面的にお前が悪いやろ。まったく……」

 俺の言葉にまるでちんぷんかんぷんだという表情をする金造に、名前は5年近くもこいつの相手をしていたのかと思うとつい同情してしまう。
 名前も金造に悪態を吐いてはいたが、思い返してみれば彼女から何か言いだしたことはなかったように思う。売り言葉に買い言葉とでもいうだろうか。
 きっと、2人揃って素直じゃないだけなのだ。

「お前、名前のことが好きなんか?」
「んなっ……!なわけあるか!柔兄でもなあ、言ってええこととあかんことが……」
「あーはいはい、わかったわかった」

 そんな風に言って恋心を全否定しながら、金造の顔は赤く染まっていた。顔どころか耳まで真っ赤だ。しかしそれは照れ隠しなんかじゃなく、本心で言っているように伺えた。
 自分の気持ちにさえ気づけていないなんて、弟はどこまで阿呆なんだろうか。いや、この場合ただの知識力とは話が違ってくるのだけれど。

「……まあとにかくや。お前の気持ちがどうであれ、名前とはもうちょい仲良うしいや」

 なんでや、とつっかかろうとする金造を横目にヒラヒラと手を振って部屋を後にした俺は、すっかり静かな夜の廊下を歩き自室へ向かった。
 兄貴の助言ばっかりいうわけにもいかんやろ。
 今日の任務で名前のピンチに咄嗟に助けに走った金造の様子、またその名前の反応を見る限り、2人がようやく恋心を自覚するのもそう遠くはないだろう。ただ多少の後押しが必要なのだ。

「俺は2人の幸せを祈っとるで……!」

 思わず漏れた小さな呟きは、誰に聞かれることなく暗闇に溶けていった。



 翌日、俺の助言に従ってか否か、名前の安否を気遣う言葉を投げかけた金造だったのだが、それと同時にまたもや照れ隠しで暴言を吐いてしまいそれに名前が反論。結局いつもと同じ展開になったらしい。

 ……どうやら先はまだまだ長そうだ。


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