※ 死ネタです。
夢を見た。
ふと気がつくとそこはすっかり見慣れたいつものモビー・ディック号の甲板で、わたしは黄昏るように漣をただ眺めていた。
いつも通りの光景だけれどなんとなく違和感がある。ひどくフワフワするのだ。だからきっとこれは夢の中なのだと確信が持てた。
「ナマエ!」
不意に名を呼ばれ振り向くとコックのサッチがこちらに向かって歩いてくるところだった。
サッチの作る料理はどれも美味しいんだよな、なんてぼんやり考えた。
「サッチ。どうしたの?」
「…………を探しててよォ」
「え?」
「おめェと一緒にいるかと思ったんだが……当てが外れちまったな。もうちっと探すわ!ナマエも見かけたらおれが探してること伝えといてくれよ!」
「あっ……」
そう言ってすぐに走り去ってしまったサッチは呼び止める間もなく船内に消えてしまった。
先程サッチが誰を探していると言ったのかよく聞き取れなかったのだけれど、一体誰のことなのだろう。マルコ?ビスタ?ウーン、見当もつかない。
わからないものはいくら考えても仕方がない。わたしはフワフワするせいかなんとなく覚束ない足取りで食堂へ向かった。
「お!ナマエ!遅かったじゃねェか」
食堂に入るや否や、誰のものかわからない呼びかけが聞こえてきた。まるで宴でもやっていたのかというくらいの大盛り上がりで、どの席も皆既に埋まっていた。
「おォ、ナマエ。ここなら空いてるよい」
「マルコ」
次にわたしに声をかけたのは奥の方の席に座るマルコで、ちょうど空いている隣の席を指差しながら酒を流し込んだ。
どうせ他の席もないしと素直にそこへ座り、机上に置かれた未使用らしい取り皿とフォークを使って目の前にあるミートスパゲティを少量よそった。
「なんかすごい騒がしいね、宴でもあったみたい」
「そうかよい?いつもこんなもんじゃねェか?」
「少し前まではしょっちゅうこんなだった気もするけど、最近はそうでもなかったことない?」
何気なしに言った自分の発言に、あれ?と首を傾げた。どうして、最近はそうでもなかったんだっけ?
「それよかおめェ、アイツに用があるとか言ってなかったかよい?もう行ってきたのか?」
「え?アイツって──」
覚えのない問いに聞き返した瞬間、ザアと強い風が正面から吹き抜け、思わず目を瞑り腕で顔を覆った。
次に目を開けた瞬間、そこにはさっきまでの賑やかな食堂は跡形もなくて、代わりに目の前に部屋の扉が佇んでいた。
どうやらここは隊長達の個室が並んでいる廊下らしい。向かって左側に1番隊隊長室、右側に3番隊隊長室がある。それぞれマルコとジョズの部屋だ。
「じゃあこの部屋は……?」
と、正面に聳える扉に向き直る。さて、誰の部屋だったか。白ひげ海賊団の船員ならば何番隊隊長が誰なのか、なんて当たり前に知っていることのはずなのに。どうして思い出せないんだろう。
よく知っているはず……だけど思い出そうとするとなんだか胸が痛くて、それより先には進みたくない気持ちが強くなる。
だけど、わたしはきっと思い出さなくてはいけない。
意を決してドアノブに手をかけ、そのままゆっくりと捻った。
開く扉の隙間から眩い光が溢れて視界を遮るけれど、構うことなくわたしは足を踏み入れた。
だんだんと光に目が慣れ、静かに瞼を押し上げると、そこは何もない真っ白な世界だった。はっと後ろを振り向いてみたが入ってきた扉さえ消えていた。
「──ナマエ」
するとつい今しがたには誰もいなかった背後から名を呼び掛けられた。
ああ、知っている。わたしはこの声を、この声の主を知っている。
どうして忘れていたんだろう。忘れられるはずがないのに。
自然と溢れてきた涙を必死で拭うけれど、それは留まることを知らなかった。
「……ッ」
恐る恐る後ろを振り返る。
ああ、また貴方にその優しい瞳で見つめてもらうことができるだなんて。
「……エース…………ッ!」
そこに立っていたのは今は亡き恋人、ポートガス・D・エースだった。
わたしはがむしゃらに駆け寄り、その首に腕を回して抱きついた。
するとエースもわたしの背中に手を回して、その身をガッチリと抱きとめてくれた。
「エース……ッわたし、わたし……!」
「泣くなよ、おれはナマエの笑った顔が好きだ」
そんなことを言われたって、涙が溢れて止まらないのだから仕方がないじゃないか。
エースに触れてる。エースと話している。夢の中とはいえ、こんな奇跡が起こるなんて。
「エース、わたし、エースがいなくちゃどうしたらいいかわかんないよ」
「大丈夫だろ?ナマエは強ェからな、おれがいなくてもやっていける。それに家族のみんなだっているんだ」
「でも……!」
言い返そうと顔を上げると、不意にエースの唇がわたしのそれに重ねられた。
──この口付けは幻だ。
それでも戦争終結から数日経った今、わたしの胸はひどく焦がれていて。わたしのよく知るものと何も変わらない行為にひどく安堵していた。
「ナマエ」
唇が離されたかと思えば、頭上から少し掠れた声が降ってきた。
「なに……?」
「ナマエ…………おれはずっと、ナマエを愛してる」
そう言ってぎゅうと抱き締める腕に力が込められ、落ち着き始めていたわたしの涙がまた少し溢れた。
わたしは応えるように強く身を委ねた。もう二度と、忘れてしまわないように。
「エース、わたしも、ずっと愛してるよ」
そう囁けばエースは至極嬉しそうに笑い、それを確認したわたしの意識は白い光に包み込まれ、ゆっくりと薄れていった。
ぱちと目を開けた。
寝ている間、現実でも涙を流していたらしい、まだ頬がしっとりと濡れていた。
エース、夢の中まで会いにきてくれてありがとう。
エースのいない世界でも、もう少し頑張ってみるよ。
そうだ、家族のために何かしたい。皆わたしがそうだったように、戦争のショックから立ち直れていないのだ。
そうだな……まずは慣れ親しんだ甲板の掃除をしよう。その後はどうしようか。なんて指折り数えて微笑みながら、わたしは自室を後にした。
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お題配布サイト「確かに恋だった」様より
君に、触れる
夢を見た。
ふと気がつくとそこはすっかり見慣れたいつものモビー・ディック号の甲板で、わたしは黄昏るように漣をただ眺めていた。
いつも通りの光景だけれどなんとなく違和感がある。ひどくフワフワするのだ。だからきっとこれは夢の中なのだと確信が持てた。
「ナマエ!」
不意に名を呼ばれ振り向くとコックのサッチがこちらに向かって歩いてくるところだった。
サッチの作る料理はどれも美味しいんだよな、なんてぼんやり考えた。
「サッチ。どうしたの?」
「…………を探しててよォ」
「え?」
「おめェと一緒にいるかと思ったんだが……当てが外れちまったな。もうちっと探すわ!ナマエも見かけたらおれが探してること伝えといてくれよ!」
「あっ……」
そう言ってすぐに走り去ってしまったサッチは呼び止める間もなく船内に消えてしまった。
先程サッチが誰を探していると言ったのかよく聞き取れなかったのだけれど、一体誰のことなのだろう。マルコ?ビスタ?ウーン、見当もつかない。
わからないものはいくら考えても仕方がない。わたしはフワフワするせいかなんとなく覚束ない足取りで食堂へ向かった。
「お!ナマエ!遅かったじゃねェか」
食堂に入るや否や、誰のものかわからない呼びかけが聞こえてきた。まるで宴でもやっていたのかというくらいの大盛り上がりで、どの席も皆既に埋まっていた。
「おォ、ナマエ。ここなら空いてるよい」
「マルコ」
次にわたしに声をかけたのは奥の方の席に座るマルコで、ちょうど空いている隣の席を指差しながら酒を流し込んだ。
どうせ他の席もないしと素直にそこへ座り、机上に置かれた未使用らしい取り皿とフォークを使って目の前にあるミートスパゲティを少量よそった。
「なんかすごい騒がしいね、宴でもあったみたい」
「そうかよい?いつもこんなもんじゃねェか?」
「少し前まではしょっちゅうこんなだった気もするけど、最近はそうでもなかったことない?」
何気なしに言った自分の発言に、あれ?と首を傾げた。どうして、最近はそうでもなかったんだっけ?
「それよかおめェ、アイツに用があるとか言ってなかったかよい?もう行ってきたのか?」
「え?アイツって──」
覚えのない問いに聞き返した瞬間、ザアと強い風が正面から吹き抜け、思わず目を瞑り腕で顔を覆った。
次に目を開けた瞬間、そこにはさっきまでの賑やかな食堂は跡形もなくて、代わりに目の前に部屋の扉が佇んでいた。
どうやらここは隊長達の個室が並んでいる廊下らしい。向かって左側に1番隊隊長室、右側に3番隊隊長室がある。それぞれマルコとジョズの部屋だ。
「じゃあこの部屋は……?」
と、正面に聳える扉に向き直る。さて、誰の部屋だったか。白ひげ海賊団の船員ならば何番隊隊長が誰なのか、なんて当たり前に知っていることのはずなのに。どうして思い出せないんだろう。
よく知っているはず……だけど思い出そうとするとなんだか胸が痛くて、それより先には進みたくない気持ちが強くなる。
だけど、わたしはきっと思い出さなくてはいけない。
意を決してドアノブに手をかけ、そのままゆっくりと捻った。
開く扉の隙間から眩い光が溢れて視界を遮るけれど、構うことなくわたしは足を踏み入れた。
だんだんと光に目が慣れ、静かに瞼を押し上げると、そこは何もない真っ白な世界だった。はっと後ろを振り向いてみたが入ってきた扉さえ消えていた。
「──ナマエ」
するとつい今しがたには誰もいなかった背後から名を呼び掛けられた。
ああ、知っている。わたしはこの声を、この声の主を知っている。
どうして忘れていたんだろう。忘れられるはずがないのに。
自然と溢れてきた涙を必死で拭うけれど、それは留まることを知らなかった。
「……ッ」
恐る恐る後ろを振り返る。
ああ、また貴方にその優しい瞳で見つめてもらうことができるだなんて。
「……エース…………ッ!」
そこに立っていたのは今は亡き恋人、ポートガス・D・エースだった。
わたしはがむしゃらに駆け寄り、その首に腕を回して抱きついた。
するとエースもわたしの背中に手を回して、その身をガッチリと抱きとめてくれた。
「エース……ッわたし、わたし……!」
「泣くなよ、おれはナマエの笑った顔が好きだ」
そんなことを言われたって、涙が溢れて止まらないのだから仕方がないじゃないか。
エースに触れてる。エースと話している。夢の中とはいえ、こんな奇跡が起こるなんて。
「エース、わたし、エースがいなくちゃどうしたらいいかわかんないよ」
「大丈夫だろ?ナマエは強ェからな、おれがいなくてもやっていける。それに家族のみんなだっているんだ」
「でも……!」
言い返そうと顔を上げると、不意にエースの唇がわたしのそれに重ねられた。
──この口付けは幻だ。
それでも戦争終結から数日経った今、わたしの胸はひどく焦がれていて。わたしのよく知るものと何も変わらない行為にひどく安堵していた。
「ナマエ」
唇が離されたかと思えば、頭上から少し掠れた声が降ってきた。
「なに……?」
「ナマエ…………おれはずっと、ナマエを愛してる」
そう言ってぎゅうと抱き締める腕に力が込められ、落ち着き始めていたわたしの涙がまた少し溢れた。
わたしは応えるように強く身を委ねた。もう二度と、忘れてしまわないように。
「エース、わたしも、ずっと愛してるよ」
そう囁けばエースは至極嬉しそうに笑い、それを確認したわたしの意識は白い光に包み込まれ、ゆっくりと薄れていった。
ぱちと目を開けた。
寝ている間、現実でも涙を流していたらしい、まだ頬がしっとりと濡れていた。
エース、夢の中まで会いにきてくれてありがとう。
エースのいない世界でも、もう少し頑張ってみるよ。
そうだ、家族のために何かしたい。皆わたしがそうだったように、戦争のショックから立ち直れていないのだ。
そうだな……まずは慣れ親しんだ甲板の掃除をしよう。その後はどうしようか。なんて指折り数えて微笑みながら、わたしは自室を後にした。
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お題配布サイト「確かに恋だった」様より
君に、触れる