sleeping heart


※ 1000hitリクエスト「ハートの海賊団でほのぼの」です。リクエストありがとうございました!





 雲のない真っ青な快晴に、ぽつんと薄い三日月がひとつ浮いている。
 暖かな日差しが降り注ぐ甲板は、いつになく居心地がいい。このあたりの気候は春のそれに近いらしい。
 こんな日はいつも海に潜ってばかりのポーラータング号も顔を出して、皆のんびりと過ごすのだ。

「んん……」

 おれの肩に身を預けてスヤスヤと眠るのはクルーのナマエだ。どうやらおれの毛皮を抱き枕かなにかのように気に入っているらしく、寝返りを打つたびに顔を埋めては気持ち良さそうに唇をむにむにと擦り合わせる。
 天気がいいしおれも寝ようと思っていたのに、もしおれの寝相なんかで起こしてしまったらかわいそうだから、こうして寝ずに見守っているのだ。これはこれで楽しいから、おれは満足だ。

 いつもは騒がしい甲板は今日はやけに静かで、波も同じく穏やかだから、ナマエの寝息だけが小さく繰り返す。
 こんな風に珍しく甲板に人が集まらないのはみんなきっとまだ寝ているのか、食堂にいるのか、自室で何か作業でもしているのだろう。こんなに天気がいいのだから、早く甲板に出て来ればいいのに。勿体ない。でもきっとそうなるとナマエが起きちゃうかな。
 なんて考えていた矢先、なにやら話し声と共にカンカンと靴音が聞こえてきた。

「おっベポ、お前こんなとこにいたのか」
「ってお前……またナマエちゃんと寝てんのかよ?!いいなァ、おれもナマエちゃんと昼寝してェ」

 現れたのはペンギンとシャチで、2人はナマエを見るや否やおれには見向きもせずにデレデレと口元を緩めた。

 おれ達ハートの海賊団はその大半が男で、女のクルーはナマエとイッカクの2人だけだ。
 中でもイッカクは姉御肌というか……随分と男勝りな性格な上にかなり初期からいるため、必然的に最近入ったおとなしいナマエはクルーのアイドル的存在なのだ。
 クマにしか興味のないおれにはその感情はいまいちよくわからないけれど、それでもクマのおれからしてもナマエがかわいらしいことはなんとなくわかっていた。

「静かにしないと、ナマエが起きちゃうよ」
「なんだよベポのくせに」
「すいません……」
「打たれ弱ッ!!」

 つい謝ってしまうのはもはや癖なのだ。
 おれのそんな打たれ弱さにペンギンとシャチは勢いよくツッコミを入れた後、楽しそうに声を出して笑った。

「だから、あんまりうるさくするとナマエが起きちゃうよ!」
「ははは……悪ィ悪ィ」
「それにしても、ナマエちゃんってよくベポの側で昼寝してるよな?やっぱ寝心地いいのか?」
「うん、ナマエはおれの毛皮が気に入ってるみたいだ」
「「へえー……」」

 ペンギンとシャチは声を揃えて呟きを零すと、一度2人で顔を見合わせてから、ナマエとは反対側にあたるおれの左肩に凭れかかるように座り込んだ。

「たしかにこれは心地いいな」
「せっかくだからおれらも一眠りすっかなァ」

 そう話した直後に規則的な寝息が聞こえ始めた。おやすみ3秒とはまさにこのことだ。
 肩に感じる呼吸が3つに増え、おれは真昼の月をぼんやりと眺めた。長閑だ。

 ふと、再び誰かがトップリフトをコツコツと鳴らす。
 この落ち着きのある靴音はキャプテンだろうか、なんて考えるより早く、現れたのはやはりその人だった。
 甲板に上がったキャプテンはすぐにおれたちに気がついたあと、ナマエからおれ、ペンギンとシャチに順に目を送っていった。

「いい枕だな、ベポ」
「キャプテンも一緒に寝る?」
「あァ……そうするか」

 そう言って、おれの呼びかけに愉快そうに口の端を上げた。キャプテンもナマエと同じで、普段からおれを枕にする人のうちの1人だ。
 ナマエの隣に腰かけたキャプテンは左腕を彼女の肩に回し、体勢を落ち着けた。キャプテンの身長に対してナマエは程よく小さいから、すごく収まりがいいように思う。

 初めはじっと目を閉じていただけだったらしいキャプテンも、気がつけば僅かに寝息を立てるようになっていた。
 その少し後に来たイッカクは「アタシも」と言ってナマエの足元にごろりと横になった。またその次はウニやクリオネが来て、やはり側に座り込んで眠った。
 その後も次々とクルー達が甲板に出てきて、皆おれ達を見るなり同じようにおれの周りに座ったり寝転んだり。
 どんどん人が増えていくものだからより暖かくなったおれはウトウトと眠たくなって、気がつかないうちにのんびりと意識を手放していた。







「んあ……」

 重い瞼をゆっくりと抉じ開ける。
 伸びをしようと思ったけれど、肩に重みを感じた。不思議に思ったわたしがちらと背後を振り向いて見れば、そこにいたのはわたしの肩に腕を回すキャプテン・ローだった。
 そういえば、わたしはいつものようにお気に入りのベポくんを枕にしてお昼寝をしていたんだっけ。きっとそこにロー船長も眠りに来たのだ。
 起こすわけにもいかないからとじっとしつつ、まだ半分寝ている目をぱちぱちと瞬かせて起こそうと試みる。
 瞬きで気がついたけれど、どうやらわたしの足元でクリオネ姉さんも寝ているらしい。
 そういえば視界の端にペンギンさんやウニさんなんかも見えているし、ということはきっとシャチさんやクリオネさんもいるのだろう。
 わたしは次第に覚醒してきた目をくしくしと擦った。
 寝惚けていた視界が明るい光に慣れていく。

 ……なんだかこの甲板、思ったよりも人が多い気がする。

 動けないなりに目を限界まで寄せて辺りを見渡してみると、うん、やはりかなりの人数が今この甲板で昼寝をしている。

 というか、たぶんこれクルー全員いる。

 初めはわたし1人しかいなかったはずなのに、どうしたらこんな状況になるんだろうか。おもしろくてつい笑いが込み上げそうになるのを、必死に堪えた。

「……何を笑ってんだ?」

 不意に頭上から聞こえた掠れた低音に、思わずビクと肩を揺らす。
 しまった、どうやら船長を起こしてしまったらしい。
 身体を少し捻って背後を見やれば、薄く目を開けたロー船長と視線がかち合ったものだから、ふふ、と小さく笑いを零した。

「幸せだなーって、思ったんです」
「……そうか」

 わたしの返事を聞いて微かに口の端を上げた船長は再びその黒い瞳を瞼の奥に隠してしまった。
 わたしもそれに倣ってもう一度目を閉じたのだった。


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