不測のまろうど(1/2)


「あっ」

 その日の放課後、塾へ行こうと立ち上がり荷物を持ったところでふと声を漏らした。
 ホームルームをしている間にすっかり忘れてしまっていたけれど、今日のわたしはクラスの日直当番なんだった。
 放課後は、教室の簡単な清掃と日直日誌の記入、それにそれを職員室まで届けなければならないのだ。

「出雲ちゃんごめん、わたし今日日直だった! 先に行ってて」
「わかったけど……急ぎなさいよ」
「うん、終わったらすぐ行く!」

 同じクラスの出雲ちゃんとはいつも塾まで一緒に行っているけれど、今日は仕方がない。塾の授業が始まる時間もあるし、急いで終わらせないと。
 ぱらぱらとクラスメイトが教室を出ていくのを見送りながら、先に清掃を始める。と言っても、きちんとした掃除はホームルーム前にクラス全体で行うので、この時間にやることといったらホームルームで使用した黒板を消したり目立つゴミが落ちていれば捨てるくらいだ。
 見た感じゴミはなさそうだし、と黒板消しに手を伸ばせば、隣から伸びてきた別の手と触れ合ってしまった。あ、と思ってそちらを見上げればそこにいたのは、今日一緒に日直当番の……えーっと、たしか充羽あてば 斗真とうまくんだ。

「黒板、苗字さんの身長じゃ上の方届かなさそうだし、俺がやるよ」
「あっ……たしかにそっか。ありがと! じゃあわたしは先に日誌書いてるね!」

 わたしの背はさほど低くはないけれど、特別高くもない。言われてみれば、上の方の5分の1くらいは届かなかったかもしれないし、適材適所で分担した方がスムーズにいくだろう。あーあ、ゴーストだった時ならどんな高いところもお手の物だったのにな、なんて。
 そんなふうに考えながら日誌に書き込んでいれば、前方でカタンと音がした。何かと思って顔をあげれば、前の席に斗真くんが腰掛けたのだった。

「あ、黒板消してくれてありがとう」
「いーえ。苗字さんこそ日誌ありがとな」
「分担だよ〜」

 へへ、と笑って日誌の記入を再開する。
 日誌に書くのはその日の授業内容やクラスの様子なんかだから、このままわたしだけで書けそうだな、と思い至って、再度手を止めた。

「あとわたしだけでできそうだし、斗真くん先に帰っても大丈夫だよ」
「んー……まあでも、俺も日直だし。最後までいるよ」
「えっ、そう? でも部活とかあるんじゃ……」
「や、俺帰宅部だから! それより、苗字さんが編入してきてからまあまあ経つのにまだあんまちゃんと話したことなかったし、この機会に喋ってみよっかなって思って」
「あっ、そっかぁ」

 カリカリとシャーペンを走らせながら頷いた。
 たしかに、中途編入とはいえクラスには出雲ちゃんや子猫丸くんがいたし、放課後は塾があったから他のクラスメイトの子たちとはそこまで話してなかったかもしれない。普通に挨拶くらいはするけど、仲良くお話って感じではないな。

「えへへ、わたしつい同じ子とばっか話しちゃうから……」
「はは、わかるわかる。神木さん、結構1人でいるイメージだったから意外だったな。なんで仲良くなったの?」
「うーん、いろいろあるけど……1番のきっかけはやっぱり漫画かなぁ、同じのが好きで」
「へぇ! なんてやつ?」
「『君物語!』って知ってる? 少女漫画だから、男の子はあんまり読まないかもだけど……」
「え、知ってる知ってる! つーか超好き! ねーちゃんが読んでてさぁ、おもろいからって言われて読んだら見事にハマったわ」
「えー! そうなんだ?! すっごくきゅんきゅんするしほんとおもしろいよね……!!」

 斗真くんのまさかの返事に思わずペンを置いた。
 発行部数も多くて巷では大人気なはずなのに周りではなぜか出雲ちゃんしか読んでいなかったから、まさか他の読者に会えるだなんて。しかも男の子。もしや結構レアなんじゃないだろうか。

「男の子も少女漫画とかって読むの?」
「いや、俺の友達に勧めても全然誰も読んでくれねー。1回読んだら絶対ハマんのに……」
「あはは、ほんとにそう……」

 笑ったはずみで何気なく教室の時計に目をやれば、ついぎょっと目を丸くしてしまった。

「わ、もうこんな時間……! 日誌持っていかなきゃ!」

 ガタンと勢いよく席を立つ。幸い日誌は書き終わったところだから、あとはこれを職員室まで届けるだけだ。それでも授業開始までかなりギリギリ、というかたぶんギリ間に合わないくらいな気がするけど。

「あれ、もしかしてなんか急ぎの用事あった感じ?」
「うん、このあと塾があって……」
「え! やべーじゃん。ごめんな、話し込んじまって……! 日誌俺が持っていくよ」
「え?! いいよ、これも日直の仕事だし」
「俺も日直じゃん! てか俺黒板消すくらいしかしてねーしさ、苗字さん、急いだ方がいいでしょ?」
「う〜〜〜ん……! ……ごめん、お願いしてもいいかな……?!」

 掌を合わせて頭を下げつつ、日誌を手渡す。持っていってもらえるなら、塾にはなんとか間に合うだろうか。

「りょーかい! その代わりっつーか、また今度もっと話そうぜ」
「うん、ぜひ! ほんとにありがとう!!」

 また明日ね、と手を振って教室を飛び出た。
 鍵があるとはいえ校内では見られるリスクがあるし、とりあえず人気の少ないところに行かないといけない。
 段飛ばしで階段を駆け降りて、中庭の影になっている倉庫の前で立ち止まった。死角になっていて人通りも少ない、学校の敷地内で鍵を使うスポットのひとつだ。
 走って乱れた息を整えつつ、鍵穴に合わない鍵を差し込んで右に回す。ガチャリと音が聞こえ開いたことを確認したら、わたしはそのまま中へと入っていった。



prev / back / next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -