一夜明けて(1/1)


 ────ふと目を開けると見知らぬ天井が眼前に広がっていて、そういえばここは病院だったと思い出す。

 あれから一夜が明けた。
 わたし1人だけの病室はとても静かで、窓の外から鳥の囀りさえ聞こえる。

 あの後燐くんの炎によって檻から出てから、本当にいろいろなことが起こった。
 イルミナティの手によって出雲ちゃんが九尾に憑依されてしまったことや、それを救けるべく彼女のお母さんが息を引き取ったこと、それに廉造くんを連れて帰ることはできなかったこと。
 しかし大団円とは言えないけれど、皆それぞれが全力を尽くしたことは事実だ。怪我はしていても、誰にも大事がなくてよかった。

「…………」

 思わず小さく息を吐いた。きゅっと拳を握りしめる。
 出雲ちゃんとしえみちゃんは同じ2人部屋を利用している。九尾の憑依を受けて気を失ってしまった出雲ちゃんと使い魔のニーちゃんを酷使しすぎたことによってひどく疲弊してしまったしえみちゃんは、今回の事件での重症患者扱いとなり同室に纏められた。だから余ったわたしがこうして1人で病室を利用しているというわけである。
 ちなみにわたしはというと異形屍人キメラゾンビに掴まれた時のものと思われる肋骨のヒビが多少あるけれど、無理な運動をしなければ問題はない程度らしい。細かい擦り傷や切り傷もたくさんあるとはいえ、"その程度"なのだ。
 「怪我が少なくてよかった」……そう言えば聞こえはいいが、「大きな怪我をするほど前線に立てなかった」というのが本当のところだ。

 わたしは自分の実力不足を悲しいほどに痛感した。

 皆が必死に戦っている中、わたしは一歩引いたところで慌てふためくことしかできなかった。
 サポートを主としている医工騎士ドクターを志しているとはいえ、これほど足手纏いになってしまえばサポート以前の問題だ。
 そもそも医工騎士ドクターとしての働きがまだ充分にできないことは元から明らかだったのだから、「医工騎士ドクター志望だから」なんて口実に甘えずに何か対策をするべきだった。防御や回復中心のしえみちゃんや詠唱騎士アリアを目指している子猫丸くんは皆と同様に戦えていたのがその証拠だ。

 今更こんなことを言ったところでどうしようもないことはわかっているけれど、悔しくて悔しくてしょうがないのだ。
 泣きたいわけじゃないのに瞬きをすると次から次へと涙が溢れ出て、そんな自分自身がまた遣る瀬無かった。

「……名前?」
「! 竜士くん?」

 不意にドアをノックされ、聞こえた声にはっとそちらを振り向く。咄嗟に名前を呼んでしまったけれど、この声は竜士くんで間違い無いだろう。わたしの返事を聞いて、ドアがカラカラと控えめに音を立てて開けられた。立っているのはやはり竜士くんだった。オフだからだろうか、いつもはきっちりと掻き上げている前髪を下ろしたままだ。

「竜士くん、おは……」
「……どないしたん」
「へ……えっ?あ、これは、その」

 後ろ手にドアを閉めながら問いかけた竜士くんに、自分が涙を流していることを思い出した。急いで拭うけれど、やっぱりそれは留まってはくれないみたいだ。
 へらへらと笑ってなんとか取り繕うかと思ったけれど、竜士くん相手ではすぐにバレてしまいそう。

「……えへへ。今回のことで、やっぱりわたし……実力が足りてないなって。全然みんなに追いつけないなって思った」
「! せやけどそんなん、スタートが違うんやから……」
「あっ、でもね!」

 フォローを入れようとしてくれた竜士くんの言葉を慌てて遮って、わたしはベッドから脚を下ろした。弱音を吐いたら、きっと竜士くんは慰めてくれるだろうと思っていた。だけど、甘えてばかりではだめなんだ。
 わたしはドア付近に立つ竜士くんにきゅっと抱きついて、その大きな背中に手を回した。竜士くんは一瞬驚いた様子を見せたけれど、すぐに応えるみたいにわたしの身体に腕を回してそっと頭を撫でてくれた。

「……でもねわたし、もっともっと頑張って、早くみんなに追いつけるようになる……!」
「名前……」
「だから心配しないで。応援しててね」
「……おう。俺にできることがあれば何でも手伝ったるさかい、相談しなや」
「うん!ありがと竜士くん」

 背に回した手に力をきゅっと込める。
 竜士くんは大きくて温かくて優しくて、全部が安心する。
 するとふと先程まで頭にあった竜士くんの掌が頬に触れたものだから顔をあげれば、ばちと視線がかち合った。

「……名前、」
「あっ!そういえば竜士くん」

 不意に思い出したように声を掛ければ、竜士くんはなんだか気まずそうな顔をして頬から手を退かせた。あれ、なんかまずっただろうか。
 よくわからなくて首を傾げていれば竜士くんが「なんや?」と聞き直してくれた。そんなに気にしないでもいいのかな。

「わざわざ部屋まで来てくれたし、何か用事とかあったのかなと思って」
「ああ……さっき廊下で奥村先生と会うてな、俺らのこと気にしてはったから皆の様子見てくる言うたんや。せやからあと神木と杜山さんの部屋も行かな」
「え!じゃあわたしも行く!」
「ほなら準備しいや」
「うん!」

 柔和に微笑んだ竜士くんの手から離れて、急いで鏡に向かった。
 相変わらずの癖毛は今日も今日とて随分と頑固そうだ。



prev / back / next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -