蔓延る濁り(3/3)


「──じゃあ、志摩くんもフェレス卿と同じく信用0ゼロってことでいいのかな」

 そう問いかけるライトニングさんの声にはっと意識を取り戻した。今し方のメフィストさんと燐くんのやりとりを見て、思わずぼんやりと考え込んでしまっていた。メフィストさんはわたし達を手駒ピース、彼自身をそれを操る勝負師プレイヤーだと例えたのだ。それも、そんなことをするのはメフィストさんがルシフェルさんに勝つためなのだと。

“虫螻同然のあなた達は偉大な者の脅威に翻弄されるくらいで丁度いい”

 青筋を浮かび上がらせながらメフィストさんはそう話した。いつも不敵に笑っていたから、あんなふうに彼が怒りを露わにするのを見るのは初めてだった。

「ま……待って下さい!俺にも弁明の場を〜!」

 ライトニングさんの言葉を受けて廉造くんがえぐえぐと泣き喚いていると、突然背後でガタンと音を立てて誰かが立ち上がった。竜士くんだ。

「……俺は信頼してます」

 眉間に皺を寄せながら静かに紡がれた声に、皆慌ててその後に続いた。

「……! ぼ、僕も、自分の知ってる志摩さんを信じてます!」
「み……三輪くんの人を見る目は間違いないです!」
「……カスだけど悪いやつじゃないはずです。カスだけど」
「廉造くんと幼馴染みの竜士くんと子猫丸くんがそう言うなら、わたしも信じます」

 そして最後に「志摩に拷問はさせねぇ」と燐くんに睨まれたライトニングさんは、やはり調子を変えずにそっか、と薄く微笑った。

「じゃあそろそろぼかぁオイトマしようかな」
「え?!」
「まさか不問にされるんですか?」
「うん、もともとそのつもりだったし」
「もともと!?」
ね。ぼかぁエンジェルや他の上層部とはちょっと違うんだ」

 「ただし志摩くんの件はこれ以上広めないように。後で全員に秘密保持契約書を送るからね」と言い残してライトニングさんは部屋を後にした。嵐みたいな人だ。

「……で、志摩は?」
「何とか拷問は免れたようですね」
「助かった……」

 はあ、と息を吐いて背凭れに身体を預ける。たったこれだけだったのに、なんだかどっと疲れてしまった。廉造くんが拷問されるかもしれない中で、メフィストさんの真意を少しだけ覗いて……。
 わたしと同じことを考えていたのだろう、安堵していた燐くんがはっと顔を上げてみせた。

「つーか、アイツは納得して帰ったみてーだけど俺はお前を……!」
「はいはい、その話はまた別の機会に☆」

 さらりと流したかと思えば不意に指を鳴らされ、瞬きをした次の瞬間には景色が全く別物に変わっていた。また瞬間移動をさせられたのだ。

「わあっ」
「きゃ!」

 ソファに腰掛けていたわたしやしえみちゃん、子猫丸くんが勢いよくドンと尻餅をついてしまった。ちくしょうあのピエロめ、瞬間移動させる時は前もって言ってくれ。
 打ち付けた尻を摩りながら立ち上がる横で、燐くんは憤慨して叫び喚いている。

「くっっっそおおおおおお!!メフィストこのピエロやろォおおルシフェルに勝つためとか……!おまえが戦えよ!!」
「……とりあえず寮戻るか」
「!? 何だよ、そんなアッサリでいいのか!?」
「……正直話がデカすぎて頭がついてかれへんわ。皆いったん帰って頭冷やさへんか?」
「確かに……珍しくあんたに賛成よ」
「うん……わたしもちゃんと考えたい」

 小さく息を吐いた。メフィストさんに言われたことが先ほどからぐるぐると頭を回り続けている。
 わたしのことも皆と同じように"手駒ピース"だと指したということは、わたしを正十字学園に入学させたのもルシフェルさんと戦うための手順のひとつなのだろうか。わたしは自分の意思でそうしたつもりだったのに、本当はメフィストさんの掌の上で転がされただけだったのだとしたら、それはなんだかすごく悔しい。わたしはこのままここにいてもいいのかすら迷ってしまいそうだ。

「……し、志摩くんはまた学校とか塾に戻ってくるんだよね。そしたらまた皆仲良しの元通りになるのかな!?」
「しえみちゃん……」

 不安そうに眉尻を下げるしえみちゃんに、歩み寄った燐くんがぽんぽんとその頭をそっと撫でた。

「バーカお前、心配すんなよ!みんなさっき言ってたろ?志摩を信じてるって!なっみんな!」
「…………」
「あれ!?」

 朗らかな笑顔でこちらを振り向いた燐くんに言葉を返せないのはわたしだけではないらしい。
 皆の胸中を代弁するように声を上げたのは竜士くんだ。

「信じられるわけないやろ!あの場はあいつを助けるためにああ言ったんや!」

 そこまで言い終えるとハア、と息を落ち着けて、そのまま寮の方へ向かって歩いて行ってしまった。それを慌てて子猫丸くんが走って追いかけた。

「ぼ、坊!待ってください!」
「……あのクズのせいで……!」

  2人の背中を見つめ、出雲ちゃんはチ、と小さく舌を打った。

「なんか……みんなバラバラだね」
「……こんなの嫌だな」
「……めずらしくあんたにも賛成よ」

 冷たく吹き抜ける風が、いやに頬を撫ぜつけた。



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