井吹はもう大丈夫。何よりも神童さんが前線に上がってくれたおかげで、すごく攻めやすくなった。
まだ1点差、いくらでも追い越せる!
勢いに乗って、俺にシュートチャンスが回ってくる。けど、ゴットウィンドを打つものの相手にキャッチされてしまった。
……前も外したんだよな、そろそろ新しいシュート技を習得したいところだ。
でも、まだまだ! そう声に出した時、ストームウルフの激しいカウンター攻撃が始まった。
*****
「みんなで力を合わせれば…っ絶対に勝てるさ!」
フィールド全体に届くような大きな声で言うのは、自分に言い聞かせるためでもあったりする。
口先だけなんて、そんなつもりはこれっぽっちもない。けど、前半終了のホイッスルが鳴ったとき、得点版の表示は1-3となっていた。
「まだまだ2点差、これからだよっ」
ドリンクを飲みながら、なんとかみんなを励ますものの誰も上を向いたりはしない。
「みんな……、」
…2点差。確かにさ、1点取るの、ってすごく大変で。だから1試合で2点も3点も取れたらすごい方で。
そんなことは分かっている。わかってるさ。
だけど、例えどんな理由があったとしても…諦めるなんて、絶対に嫌だ。
「大丈夫。諦めなければ必ずチャンスはある!」
もう1度話しかけると、ここで瞬木がほろりと口をこぼした。
「でも…。負けるのは悔しいけど、俺たちよく頑張ったよ。」
ここで諦めたって誰も文句は言わないだろ、なんて。
そんな言葉に、しんみりとなるその場。これは瞬木の意見に賛同、って意味なのかな……。
頑張った? あぁ、みんなが頑張って来たのはキャプテンの俺が1番よく知ってるつもりだよ。
最初こそどうなるかって思ったけど、みんなが頑張ってくれたおかげで、今だって決勝っていう大舞台に立ててるんだから。
…だけどさ。もっともっと頑張れるはずじゃないか。
「ッ嫌だ…このまま負けるなんて、諦めるなんて…絶対に嫌だ!!」
ぐ、と、歯が欠けそうなぐらいに食いしばる。少しでもみんなに俺の気持ちが伝わればいい、けど、そう簡単にはいかないみたいで。
すると、ここでずっと黙っていたなまえがベンチから立ち上がり、俺たちみんなに向かって頭を下げた。
それにみんなの注目が集まる。
「なまえ…?」
どうしたんだろうと思ったら、なまえは震える声で、でも、強く。こう言ったんだ。
「お願いします…っ 勝ってください…!」
「なまえ…、」
「みなさんは全力で特訓してフィールド立ってそれでいいかもしれないけど!! 私は嫌です、熱なんかで休んだ試合が最後になるなんて、絶対、絶対にイヤなんです…!」
泣き叫ぶような、そのぐらい悲痛な声で言うなまえに誰も言い返すことができない。
―…彼女は本気だった。瞳から溢れるそれらが、地面にぽたぽたと零れ落ちてしまうほどに。
きっとこんな励まし方は、俺たちより1つ小さいなまえだからこそできるもので。だからこそ俺たちも心に何か響くものがあって。
……あぁ。そうだよな。悔しいよ、俺だって。だから最後のその瞬間まで、諦めたくないんだ。
「俺も嫌だ。だってこの試合で負けたら、もう俺達が集まること2度とないだろ…?」
「…そうだよね。僕らは解散して、監督に約束を守ってもらいそれぞれの道を歩き出す…」
しんみりとするその場で、なまえが続けた。
「私、今まで失敗ばっかで、サッカーだって楽しくなかったんです。けど、このチームに来て皆さんとサッカーできて、素直にサッカーと向き合うことができるようになった。もっと上を目指したいって思えるようになったんです…!!」
「それ、わかる気がするぜ…、俺もこのチームに入ってやっと自分と向き合うことができた。もちろんサッカーのおかげかどうかは分からない! でもまだ、何かやり残したことがあるような気がするんだ…」
「私もそう―…、」
涙ながらのなまえに、九坂やさくらも続き、みんなも思い当たることがあるみたいで。それぞれが頷きあっていた。
まだ頭を下げたまま、なまえはみんなに強く言う。
「ここまで来れたじゃないですか…! 今更、諦めて欲しくないです…みなさんなら勝ってくれる、って、最後まで信じてます!」
うつむいていたから見えなかったけど、きっともうぐしゃぐしゃの顔で言ってくれてるんだろう。
そんななまえを見てか、ここで声をあげたのは意外にも井吹だった。
「やろうぜみんな。なまえだってキャプテンだってこのままじゃ終われねぇだろ」
「井吹…!」
「せっかくここまで来たんだ、こんなところで負けてられるか」
もっともっと先に行ってみたい。
そう言う井吹に皆の意志は確かに1つに固まっていく。
「そうだ、まだまだ試合は終わってない。やろう!!」
上を向いてくれたチームメイト1人1人と目を合わせて。もちろんその中にはなまえの顔もあって、頷き合う。
俺たちはまだ諦めたりなんかしない。いつだって諦めたりなんかしないさ!
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