就寝前だというのに、相変わらずみんなはギリギリの時間まで練習をするようだった。
適度な休憩も必要だからね、とは言っておいたけれど…あれ、休むつもりないだろうな。
それを気にしながらも、俺はまた葵の目を盗んでなまえの容態を確認しに行っていた。
……別にこんなコソコソする必要はないと思うけど、葵ってば絶対なまえに会わせてくれないからさ。
たぶん、熱が感染ったら大変というよりも、普段とは違うとろんとした目のなまえを誰にも見せたくないって事だと思う。それ分かる。…あっ何でもない。
何はともあれなまえの部屋に到着。
そーっと扉を開いてみると、なまえはもう起きていたようで。
「天馬キャプテン…!」
さっきよりもハッキリとした声で自分の名前を呼ばれ、ほっと一息。この息にはたぶん、誰にも見つからずにここに辿り着けたって意味もあるかもしれないけど。
「だいぶ良くなったみたいだね」
良かった、と素直に言うと、ありがとうございますって丁寧なお礼が返ってくる。
別にお礼言われるほどの事、俺は何もできてないけど…心配してくれて、って意味かな。
それからなまえがこんな事を呟いた。
「お兄ちゃんのすごさ、わかった気がします」
「太陽の…?」
太陽。気のせいかな、なまえが足に布団かけて上半身起こしてると、不思議と彼に似て見える。
まぁ元々そっくりではあるけれど―…
「だって私だったら耐えられない。好きなこと、ずっと出来ずにベットの上なんて」
「! …うん、俺も絶対我慢できないかな。サッカーやりたくてうずうずしちゃうし」
「ですよね、……でもお兄ちゃんは耐えてた。耐えて、それを乗り越えて再びフィールドに立った…。」
今回熱が出てサッカーできなくて、改めて思いました。
そう言うなまえに、俺は前に太陽から話されたことを思い出す。
「…うん。やっぱりそっくりだ」
「えっ、?」
「太陽もなまえのこと、そんな風に言ってたんだ」
いつだったかな。確かビックウェイブス戦以降だったと思う。
*
「兄の僕が言うのもだけど、さ。なまえは強いよ」
どこか儚げに語る太陽に、俺は軽くガッツをする。
「クレセントとか初めて見た時、すごいびっくりしちゃったよー」
「ふふ、まぁそれもそうなんだけど、」
「?」
何か言いたげの太陽。耳を傾けると、彼は静かに語りだした。
「好きだったものを嫌いになって、やめちゃうなんて。僕だったら耐えられない。絶対に耐えられないよ」
「なまえ……サッカー、1度やめてたんだよね。」
「うん。……だけどさ、なまえは耐えた。色々思うことあったと思うけど、でも、耐えて、…結果的に乗り越えたから」
色々あったと思うけど、ちゃんと今にたどり着けて良かった、って。
太陽は本当になまえのこと心配してたんだなぁって伝わってくる。きっと日本代表に送り出す時もたくさん迷ったんだろうな。
それがなまえにとってどう影響してしまうか、とか、深く深く。大切な家族だからこそ。
「不安もあったんだけど、でも。天馬達もいるし、なまえは大丈夫だろうって……今なら安心して日本代表の背中を押せるよっ」
「太陽……。」
「だからさ、天馬! 応援してるから、きっと世界1になってね。」
……そこにはたぶん、自分がそのフィールドに立てなかった悔しさだって少なからず混じっているはずで。
だけど心からの笑みで励ましてくれる太陽に、俺は、力強く頷いたんだよね。
*
俺が話し終えると、なまえはちょっと照れくさそうに。
「やっぱりお兄ちゃんは、自慢のお兄ちゃんです」
って。自慢のお兄ちゃんか……あっ言われてみたいとか思ってないよ! 太陽が羨ましいとか思ったりしてないよ!
ただ、本当に仲のいい兄妹だなぁって思っただけだ。
一人っ子の俺にはよくは分からないけど、兄弟って普通あれこれあるものだと勝手に思ってた。
けど剣城といい瞬木といい仲のいい人達多いなぁ…素敵なことだと思う。
「あぁでも、結局また入院はしちゃいましたけど。」
あまり無理はしないで欲しいです、なんてここにいない太陽を心配するなまえは、もしかしたら寂しいのかもしれない。
んー……ホームシック? だったら俺がどうこうしてあげれる問題じゃない、けど、そうだな。
明日のアジア地区決勝が終われば、世界大会に備えて久々に家に帰れるはず。秋ネエや信助達に会えるのは俺も楽しみだったりする。
だからこそ。明日の決勝、勝って帰りたいな。絶対に…!
「入院しても、太陽なら…」
「…、?」
「太陽なら。また立ち上がるよ、何度でも!」
俺の知ってる太陽はそういう人だ。
そんな言葉に、なまえはそうですね、って嬉しそうに微笑んで。
……ここで俺はふと思う。可愛いって単語を自分の中でNGワードにしようかと。
そうじゃないと連呼しそう。しつこいぐらいに連呼しそう。したい。だって本当に、…………。
親友の妹さんが可愛すぎて辛い。この行き場のない感情をどこにぶつければいいんだ!
1人、勝手に何かと戦っていると、なまえが何を思い出したのか、時計を見ながらちょっと焦った声で。
「そういえば天馬キャプテン、練習大丈夫ですか?」
「えっ、あ、あぁ…うん大丈夫だよ」
って言っちゃったけど大丈夫かな。俺自身不安になってきた。
全員が全員ブラックルームに集まってるっていうのに、キャプテンの俺がこんなになまえの所で時間を使っていたとなると……流石に葵とかが気がついたり、
「……天馬」
「ッ、」
それからドアのノック音もせずにいきなり背中から声をかけられたものだから。
あぁ俺はもうダメかと思ったぐらいに本気で背筋が凍った。鳥肌とかなんとかって漫画の世界だけじゃなかったんだ、本当に起こることなんだ……すごい背中から冷気を感じる。
「みんな、もう就寝時間なのにやめようとしなくって。天馬から声かけて欲しいんだけど、」
「分かった、……ってまだみんな特訓してるの!? だってもうこんな時間……、」
「そうだね。こんな時間まで天馬は何してたのかな」
「うん! みんなに休むようにって言ってくるよ!」
「頼むわね。」
誤魔化して、俺はなまえにおやすみなんて声をかける間も与えられずにブラックルームへと走る。なんだか葵怖いよ! 勝手に練習抜けた俺も悪いけど! ……あれ、これって俺が悪いだけだな。
でも、もうちょっと。なまえと話していたかったな。
それよりも何よりも今のチームの現状と、それから明日の試合のことを考えなくちゃいけないのは分かっているんだけど。
自分の奥から出てくる感情っていうか、それをついつい優先してしまって。こんなキャプテンで申し訳ないなぁとも思う。もっとしっかりしよう。
探していた答えにだってもうすぐ手が届くはず、だから。
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