着いてみたらそこは正しくおとぎの国……ならぬ不思議の特訓場。
「すごい、ホログラムでここまでできるとは…!」
飛んできたボールを確かな感覚で受け止める井吹さんを見て、思わず真名部さんが呟く。
…私たちは今、監督が用意した「ブラックルーム」に居る。全ては戦力アップ、特訓のためだ。
ことの始まりは数分前。
「みんなよくやってくれた。期待以上の活躍だ」
何だかんだで監督から直々に言われるのは珍しい気がする。しかも…しかも褒められたよ!
私を含め、みんな嬉し半分驚き半分だったその直後、監督の言葉が続いた。
「だが今の実力では到底この予選を突破できるとは思えない」
褒めてるのか貶してるのかハッキリ言って欲しいところだ。
後ろでは鉄角さんの「なんだよー」みたいなツッコミが聞こえたけど、うん、同感。
それから監督は無駄なことは1つも言わず、ただ「ついてこい」と言うからついて行ってみたら……とんでもない秘密施設を知ってしまった今に至る。
リモコンか何かを使ったのか、監督の合図1つで瞬時に場所が変わる。
…と、そこはビルの隙間。
「…?」
みんなはてなマークを浮かべた、その時だった。
「う、うわぁああ!?」
ガタガタと嫌な音がしたと思えば、なんと上から鉄骨が降ってきたのだ。
…え、鉄骨?
驚き声を上げた後、鉄骨が地面に落ちるとみんなしーんとしてしまう。そりゃぁ言葉失うよこれは!!
監督は無表情(まぁサングラスで隠れてるから分からないけど)で淡々としゃべる。
「もちろん安全は確保されている」
さぁどうする、…なんて言われても。
みんなが躊躇しているとき、1歩前に出たのは……天馬キャプテンだった。
「俺、行きます」
「て、天馬キャプテン、危険です!」
思わず止めてしまえば、私の言葉にみんなが頷いてくれてるのが分かる。
いくら安全保障といえど感覚はそのまんま伝わるんでしょ…思いっきり危険だよ!
…だけど天馬キャプテンは真っ直ぐ前を向いたままだった。
「でも監督が言ってただろ、今のままじゃ勝てない、って。」
それだけ言うと、覚悟を決めて前に飛び出す天馬キャプテン。
その勇姿(?)にあっけにとられていると、剣城さんや神童さん、他の皆さんまで続くものだから私や井吹さん達がぽつんと取り残されてしまった。
…あ、出遅れてしまった。
「わ、私も…っ」
「お前には特別プログラムを用意している」
「ぇっ、はい……え?」
何だか嫌な予感はしてたんだよね。
*****
満員のスタジアム。広いそこはホーリーロードスタジアムにそっくりだ。
どこからともなくボールが降ってきたから、反射神経でそれをゴールに蹴り込むと、ホログラムの観客からはすごい怒声があがる。
まるで、入れるなと怒られているかのように。
……なんだこの特訓は。
周りを気にせずボールを叩き込めってこと…? ホログラムとはいえ、怒声だけでなく泣いてる人や頭を抱える子供までいる。本当になんの特訓なんだこれ。
とにかく精神を鍛えろ、ってことかな。どんな状況でも点を取る、それがFWなんだし。
「っ上等です!」
やってやる。私だって強くなってチームの役に立ちたいから…!
*****
ホログラムによる練習が終わると、もうみんなぐったりしていた。特に皆帆さんと真名部さんが。
数種類あるホログラムの中から違うものやってたみたいだけど…一体どんな練習してたんだろう。きっと監督のことだからとんでもないカオスなことやらせたんだろうなぁ…知りたくないかな。
ドリンクを飲み干していると、ふと皆帆さんと真名部さんが口を開く。
「妙だと思わない? サッカーのためにあんなの作れるなんて…」
「ざっと見積もっても10億はかかりますよ」
「10億!?」
確かにあれはすごいなぁ、とは思ったけれど…10億……えぇっと、1万円札が何枚?
するとさくらさんが意外なことを言った。
「まぁいいじゃないっ。確かになんでここまで〜…って思うけど、力もついてきたし!」
「これなら本当に優勝できるかもな。」
なんて、鉄角さんや瞬木さんまで楽しそうに言ってる。…ホントに初心者とは思えないなぁ、みなさんサッカー好きになってくれて何だか私も嬉しい。
そんなポジティブ思考組を他所に、真名部さんと皆帆さんは不思議そうな顔をしていた。
「え、みなさん優勝までやるんですか?」
そう言われてようやく思い出した。そうだ、私たちって契約でここにいたんだよね。
その契約も、優勝することじゃなく「参加すること」が条件だったし―…そうなった今、ここに残る理由は。
*****
あくまでも契約重視の皆帆さんと真名部さん。
それとは逆に、今はサッカーと向き合ってみたいと言う鉄角さん達。そんな彼らに驚かされる、皆帆さんと真名部さん。……もう面倒くさいから「頭脳派」とこれからは略させてもらう、ごめんなさい。
私はサッカー元々好きだから、って言っておいたけど、あぁいやこれも本当なんだけど、それよりも何よりも。
天馬キャプテンがいる、から。それにチームの役にも立ちたいしね! うん!!
みんなの気持ちがサッカーに傾き始めたその時、葵さんが準決勝相手の情報を持ってきてくれた。
「マッハタイガー、5-0でデザートライオンに圧勝だって…」
「え、虎がライオンに勝ったんですか?」
「なまえちゃん、そういう問題じゃない」
チーム名の細かいことにツッコミを入れてる場合じゃない。分かってたけどちょっと言ってみたかった、…まぁとにかく。
「デザートライオン、って確か優勝候補でしたよね…?」
それだけじゃない、今までだって有力候補がどんどん負けてしまっている。
その不可思議に気づいたのは私だけではなかったみたいで、皆帆さんがそれを指摘すると真名部さんはもうとっくに知っていた模様。
…何だか、嫌な予感。謎っていうか、そもそも私達が勝ち上がれてること自体も正直怖いくらいなのに。
その鍵を握っているのはきっと監督なんだろうけど、話してくれるとは思えないし……。
一瞬、そんな不穏な空気が流れたものの天馬キャプテンの掛け声により全部吹っ飛ばされた。
「マッハタイガー…負けるものか!」
そう。例え相手が誰であろうと私たちのやることは変わらない。
シャムシール戦後、……いや、1試合終わるごとにチームが変わってくるのを感じる。
私自身、オーストラリア戦で吹っ切れたものはあったけれど……、まぁブラックルームの特訓も間違いなく影響されてると思う。
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