前半のラフプレーが相手を触発してしまったんだろうか。
いつからか九坂を孤立させるようなプレーを仕掛けてくる相手。
そんな相手に、これまで必死に堪えてきた九坂も流石に我慢が効かなくなったらしい。いつもの穏やかな表情が消えると、また前半戦みたいな強面な姿に変わってしまう。
……まずい。
そうして飛び出した頃には少し遅かった。
「九坂、落ち着け!!」
「うるせぇ!!」
俺も振り払われそうなその威力、それでも負けじとしがみつく。どっちも必死だ。
「なんでだよ九坂…っあんなに頑張って練習してきたじゃないか!! サッカーができなくなってもいいのか!?」
「それはっ、」
「サッカーは喧嘩じゃない! こんなことで勝ったってどうにもならないだろ!?」
お互い1歩も引かない中、何を思い出しているんだろうか、九坂はどこか遠くを見るような顔で叫ぶ。
「弱いより強いほうがいいに決まってる…っ」
「今のお前の…どこが強いって言うんだ!!」
俺がそう言うと、九坂の威力が弱まった。
少し俺から離れる九坂は、ぐっと噛み締めるように呟く。
「力があれば、みんな褒めてくれる。誰も俺の前から居なくならないんだ…!」
「九坂…、」
やっぱり過去に何かあったに違いない。
今はそれを聞くよりも、その「トラウマ」の打開策を考えなきゃいけない。
そんな時、ふと実況の波乱な声が響き渡った。
『おぉおーっと!? これはどうした、不良が会場に乱入だぁーッ!!』
「え…!?」
背にしていた入場口を振り返ると、確かに数人の、見るからに「不良」がそこに立っていた。
…ていうか怪我、してるみたいだけど、まさか……
その「まさか」は当たってしまったらしい。
気がつけば九坂が俺をかばうように前に立っていた。
「すいませんキャプテン、俺の問題です」
「九坂、」
不良達はとやかく九坂に言い寄る。どうにも昨日、九坂自身が警察に送られるほど怪我を見舞いした相手らしい。
今にも喧嘩が始まりそうな中、隣で必死に九坂の暴走を止める俺。促す不良達。
……勝ったのは、
「かかってこねーのかぁ? やっぱ噂通りのクズ野郎だったか!」
「てめー、」
「九坂!!」
俺の言葉は虚しく、九坂の暴走がまた始まってしまう。
…もう咄嗟の行動だった。とにかくこのまま喧嘩をさせちゃいけない、って。
気がついた頃には、口の中にじんわりと鉄の味。
「…っ、」
「キャプテン…!?」
咄嗟に不良たちの前に立ちすくめば、勢い余って九坂の拳が当たってしまった。
…まぁ避けるつもりはなかったし九坂だって1発殴ったんだ、これでいいだろ。
尻餅をついてしまうと、目の前では驚く九坂、後ろではあっけにとられる不良たちと。
フィールドの中からはなまえの悲鳴と神童先輩の声が張り上がった。
「天馬キャプテン!!」
「なまえ!? ポジションに戻れ!」
神童先輩の声は全く聞くつもりはないのか、なまえが一直線にここまで来る。
「キャプテン、天馬キャプテン…っ大丈夫ですか!?」
「大丈夫だいじょうぶ、落ち着いてなまえ」
「だ、だって…」
オロオロと慌て出すなまえ、一方で驚きながらも九坂を挑発する不良達。
そして、それに乗りかかる九坂。
「九坂、ダメだ…、今はサッカーを、俺たちとサッカーするんだ!」
なまえを俺の横に促して、九坂にそう言うけれど…。
「っあそこまで言われて引っ込んでられるかよ!!」
そんな九坂の負けん気に、ピクリ、隣で何か冷たい空気を感じた。…なんだろうこれ寒気が。鳥肌が。
「…なまえ?」
彼女は黙って俺の前、九坂の真正面に立ちふさがる。
…あ、危ない。俺をかばうように前に立ってくれるその小さい背中は、頼もしいどころじゃない。いや、気持ちは嬉しい。嬉しいけど危ないよ!
だからつまり、頼もしいじゃなくって…守ってあげなきゃって、そう言う意味で立ち上がれる。
膝を立てようとした俺は、意外と響いた九坂の拳のおかげで若干よろめいてしまう。
と、とにかく立て、立つんだ俺!
何だかよく分からない気合をかけて立ち上がろうとしたら、次の瞬間フィールド一面に乾いた音が響き渡った。
「ッ…!?」
同時に九坂の鈍い声も反響する。
その光景に俺は、というかフィールドにいた全員が絶句をしてしまう。
……なまえが九坂を殴った。というかビンタした、思いっきり。
まさかの自体にしん…と静まり返るフィールド。
更にゴトン、と鈍い音が響いたけど、これきっと実況がマイク倒した音だと思う。相当のショックだ。
無理もない、だって女の子が不良に囲まれながら、自分より遥かに大きい人を真正面からぶったんだから。
まさか年下の女の子に殴られるとは思ってなかったらしく(当たり前)、九坂もただ驚いてる。
辺りが静まり返っている、というか凍りついているのをいいことに、なまえは話し始めた。
「逃げることと暴力を振るうこと。どちらも弱い人間がやることです」
「っ、」
「だから今あなたを殴ったのは、それ以外の方法で対等に話せる術を身につけていなかった私の弱さ、ですが」
一旦間を置いて、なまえは九坂を見据えた。後ろだからよく見えなかったけどなんとなく雰囲気でわかる。
本気で怒ってる、ってこと。
「天馬キャプテンはそんなことしなかった。しようともしない。…のに、なんで貴方はまだ彼の話し聞いてくれないんですか…!!」
「っ俺、は……」
「ここは試合会場です。みんな見てるんです。このフィールド立ちたかった人、たくさんいるのに…っこんなことしてたらみんな悲しみます!」
そう言いながらも震えているのは、九坂への怒りなのか、太陽達を思ってのことなのか、あるいは立ち向かう恐怖からなのか。
たぶん全部。
確かにここが路地裏とかだったらかなり怖と思う。けど、ここはサッカーのフィールド。
観客がたくさんいる、みんなの視線が集まる試合会場だ。
何も怖くはないし、誰も逃げられはしない。
ようやく立ち上がれた俺は、なまえよりも半歩前で九坂に訴える。
「本当の強さはこんなことじゃない。自分の恐れているものから、逃げずに向き合えることだ…!」
「恐れて、なんか…っ」
「怖いものがあっても逃げずに向き合うんだ!!」
恐れているものから逃げずに立ち向かうこと。怖いだろう、そりゃぁ。
それでも向き合って乗り越えた人がすぐそばにいるから、俺も引かない。
…なまえがそこにいてくれるだけで、負けないでいられるんだ。細かいことは良くわからないけど、そんな気がする。
「九坂が何を恐れているかは聞かないでおく。けど、これだけは言わせてくれ」
「何、すか…」
「俺はチームメイトを置いて行く気はこれっぽっちも無い。キャプテンとしてな。」
「!」
「だから一緒にサッカー、やろうよ…っやるんだよ!」
一生懸命、真剣に話しかける。少しでもいい、俺の、いや、俺たちの気持ちが通じれば、って。
それになまえが乗ってくれた。
「私たち、いつだって1人ではなかったようです」
さっきよりも落ち着いて話すなまえは、視線で観客席を促して言う。
その視線の先に九坂が振り返ると、そこには。
「りゅうちゃん…!」
「サトちゃん!?」
俺たちは知らないその女の子は、どうやら九坂の知り合いだったみたいだ。
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