「無理です」


悪いなぁと思う。こんな面倒で頑固な私にまで、こんなふうに優しく接してくれてるのに。
……それでも怖いものは怖い。トラウマっていうのかな、たぶん一生。


「どうして…?」

「だ、って、怖いから」

「…それでも立ち向かわなきゃ。失敗を恐れてたら出来ることなんて何も、」

「何もなくていいんです」

「それじゃつまんないよ!」

「つまらなくていいんです!!」


肩を掴まれたまま、ぎり、と強い視線で睨み返してしまった。
あ、違う、こんなことが言いたいんじゃないのに…少し感情的になるとドロドロした懐かしい嫌な思い出が湧きだってくるような、そんな勢い。
すみません松風さん。あなたは何も悪くないのに、…なんて心の中で謝ったって生意気な自分の口は閉じることを忘れてしまう。


「どうせ出来ないんです、だったら最初からダメな奴でいたほうがいい! 嫌な思いするくらいなら…っつまらない方がずっとマシだ!!」


どうしようもなく怒鳴ってしまう私に対し、松風さんは冷静に、それでもまだ肩に手を乗せたまま。私を見つめてこう言った。


「俺はつまらないくらいなら、失敗した方がいい」

「えっ…?」

「確かに失敗すると悔しいけどさ。それって成功につながる証拠でしょ? けれど、つまらないっていうのは取り返せないよ」


失敗した方がいい? 失敗は成功につながる? つまらないは、取り返せない…?
あぁ確かに、「つまらない」って感じた時間は戻ってこないけど……。
何かの聞き間違いかと疑いたいぐらい衝撃な言葉だったけど、しっかりと自分の意思で語りかけてくる松風さんの顔は確かに正直で。
心から話しかけてくれているような、嘘も偽りも無い、なんていうんだろ。純粋って言えばいいのかな。
なのに私は笑顔の1つも作れやしない。


「失敗すればするほど、みんなに迷惑がかかって、それで邪魔になって、…またサッカーが嫌になるんです…っ!」


―…これ以上嫌いになりたくないのに。
好きなものを嫌いになるっていうのは辛い。だって今までそれが好きで好きで、そのために頑張って生きてきたようなものなんだから。
頼むからもう嫌いにさせないで、よ。
本当は私だってサッカー、……。
心の中で自問自答。…本当は? 何? 私はこれからどうしたいの?
あぁもう分からなくなってきた。全部松風さんのせいだ。私はサッカーやめたのに、こうやって優しく接してきてくれるから何だか判断が鈍っちゃうじゃないか。
ここにいてもいいのかな、って。


「迷惑なんて思わないし邪魔になんかなるわけない。」

「えっ、」


そんな言葉に、逸していた視線が思わず松風さんに戻る。……大きな瞳に吸い込まれそうだ。


「なまえちゃん、本当はサッカー嫌いになりたくないはずだよね」

「っ、」

「だったら嫌いになる必要ないよ!」


…それじゃぁ解決策を教えて、導いてみせてよ。


「失敗したら見捨てられる。独りぼっちになる…、そんな惨めな思いさせられて好きでいられるわけ無いじゃないですか!!」

「じゃあなまえちゃんはサッカー嫌いなの!?」

「! …っ、私、は」


嫌い、? あれ、おかしいな。好きなはずないのに。
何でだろう、否定の言葉が出てこない。
自分で自分が分からないでいると、肩を掴んでいた松風さんの手がそっと離れて。


「なまえちゃんが失敗したって誰も見捨てないよ」

「そんなわけ…!」

「絶対。約束するよ、独りぼっちになんかしないって!」


…そんな優しい笑顔がとても眩しくて。
何でだろうな、見ているのも辛いぐらいのはずなのに視線を逸らせない。


「大事なのはどれだけサッカーが好きか、って事じゃないのかな…」

「! どれだけ…好き、か……?」

「ねぇ、どう? なまえちゃんはサッカー、好き?」


好きなわけ、が、無い。だって、楽しくないんだもん。楽しくないものを好きって言えるわけ―…
……本当に好きじゃなかったのならば、嫌いだったのならば。こんな質問、すぐに答えられたはずなのに。
何か言おうとした途端タイミングよく風が吹いて木々がざわざわと揺れだす。…音がうるさいくらいに。


「わたし、は……」


私と松風さんの間にも一筋の風が通る。
…そよ風が心地よい朝だった。


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