こうして縁は結ばる

「おやすみ!」
『おやすみなさい』

寝る前の言葉を交わすと、それぞれが与えられた部屋へと歩いて行った。
それぞれとは誰の事かっていうと、ナルやリッツ達Knightsのメンバー4人と、プロデュース科の名前だ。新曲の音合わせで盛り上がってしまい、気づけば夜。しかも梅雨という季節柄、突発的な大雨に見舞われてしまったのだ。
帰宅に困ったみんなは、最も近いおれの家に泊めて欲しいと懇願してきた。リッツ達はともかく、名前をひとりで帰すのは心配だった。だから仕方なくOKした。ただひとつ条件を出して。それは“ルカたんに馴れ馴れしくすんな”ってこと。ルカたんはおれの大切な大切な、スーパーミラクル可愛い妹だ。例えメンバーでも、おれのルカたんに馴れ馴れしく接することは許されない。
窓の外から僅かに差し込む月明かりを除くと真っ暗な部屋の中で、おれはベッドに寝転がったまま溜め息を吐く。

「……眠れない」

何度も寝返りを繰り返しながら、どれくらいの時間が過ぎただろう。同じ屋根の下に名前が寝ていると思っただけで、なかなか寝つくことができないでいた。それだけじゃない、ルカたんと同じ屋根の下でリッツ達が寝ていると思うと、それもまた心配だ。
名前は曲作りやフェス、メンバーの事まで何でも話せる仲間だった。そのせいか、ふたりでいる時間も増えていった。名前の人柄をひとつずつ知っていく度、おれの中で彼女への想いが募っていった。
今回のお泊まりはハプニングのようなもので、リッツ達もいるからドラマみたいな甘いシーンなどあるわけない。それでも近くに名前が寝ていると思っただけで、心臓がドキドキする。
名前と一緒にいられる時間が長くなればいいと願う反面、朝が待ち遠しくもあった。ドキドキして眠れない夜を過ごすより、理性を保てるいつもの日常の方がよっぽどましだから。

「あーもう、落ち着けおれ」

顔を枕に押しつけて、少しでも眠れるように努力していると、コンコン、と控え目なノックの音が聞こえてきた。

「誰?」

みんなは寝てるはず。いったいこんな時間に誰が?
おれはベッドから跳ね起き、そっとドアを開く。部屋の前に立っていたのは、可愛いパジャマ姿の名前だった。初めて見た姿に、視線が釘付けになってしまう。

『あ…ごめんなさい。まだ、起きてた?』

名前が戸惑いながら言う。

「新曲の事考えてたから寝つけなくて。でも、そろそろ寝ようかなって思ってたぞ」

嘘をついた。まさか名前の事を考えていたせいで寝付けなかったなんて、死んでも言えるわけない。

『じゃあ、邪魔しちゃったね』

「大丈夫だ。ん…このままじゃ寒いから、中に入るか?」

『う、うん』

名前は少し躊躇しながら、入ってきた。

「ベッドにでも座って」

やらしー気持ちじゃないからな。

『うん、ありがとう』

名前は恥ずかしそうにベッドに上がると、壁に背中を預けるようにして体育座りをした。その姿を眺めながら、先程ベッドの中で悶々としていた自分を思い出す。
好きな女の子と過ごす場所がベッドの上とか、動揺しない男がいると思うか?次の動作が見つからなくて固まっていると、名前の声が響く。

『どうかした?レオは座らないの?』

「あ〜うん、えっと……」

『隣に座って?』

「いいのか?」

『いいも何も、レオの部屋じゃない』

「だよな!わかった」

それもそうかと、おれは名前と並ぶようにしてベッドに座った。どうやら意識しすぎているようだ。らしくないな。
少し寒そうに肩をすくめる彼女を見て、タオルケットを膝の上に掛けてやった。名前は『ありがと』と言うと『レオも寒いよ』と、同じ様にタオルケットの一部をおれの肩に掛けてくる。
ふたりで1枚のタオルケットにくるまっていると、あまりに近すぎる距離に心臓がドキドキと高鳴ってしまう。口から心臓が飛び出しそうなくらいだ。

「で、おれに何か用?」

『用というか、何だか眠れなくて……。レオがまだ起きてるなら、お喋りしたいなぁって……。こんな理由じゃ迷惑だったよね』

名前は呟くように言った。やっぱドラマのような、甘いストーリーなんかじゃなかったな。そんなに甘くはないってことだ。おれは苦笑いをしながら、名前の言葉を聞いた。言いかけて止めたり、話の途中でおわったりと今日はいつもの名前と違う。
理由はわからないけど、ボソボソと少し自信なさげに話すのだ。それが可愛く見えたりするんだけど。もしかして、おれと同じ様に緊張してるとか。もしそうならおれの事、意識してくれてるって事だろ。もしも、もしも本当にそうだったら、めちゃくちゃ嬉しいぞ!

『何か変だね』

「変?」

『レオとこんなシチュエーションで喋るのって、初めてでしょ。何か緊張する』

名前はそう言って、にっこりと笑みを浮かべた。月明かりに照らされた彼女の笑顔は、何だかとても綺麗に見えた。
緊張!?マジで?ドキドキが一気に100倍だ。

『レオ聞いてる?』

「ん?」

『あ〜、聞いてなかったでしょ?うっちゅ〜な世界に入ってた?』

「ちょ、ちょっと考え事だ。これでもKnightsのリーダーだからな」

つい名前に見とれてしまい、彼女の言葉が頭に入ってこなかった。おれは慌てて、誤魔化すように首を振ってみせる。

「悪いな。もっかい」

『もう!』

名前は不満げに、頬を膨らませる。それもまた可愛いんだけど。

『……あんずって、可愛いでしょって話』

「あんず?ああ、あいつか」

あんずは、名前と同じプロデュース科の生徒だ。Knightsも何度か、一緒に授業を受けた事がある。
でもそれだけだ。

「ナルは可愛いって言ってたな」

『そうじゃなくて、レオの意見』

「は?おれの?何でそんなことを聞くんだ?」

『え……それはその…』

名前はごにょごにょと言葉を濁して、沈黙する。
話にくい事なのか?
そう思いながら話の続きを待っていると、『わたしもあんずみたいに、積極的になりたいなぁって……。あんずとはずっと友達でいたいって思ってるんだけど、その反面コンプレックスも感じてるんだ』

小さな声で呟いた。
確かにあんずは、何事にも前向きで積極的だ。押しの弱い妃菜とは対照的に見える。おれはそんな名前も、魅力的だと思うんだけどな。

「名前は名前だし、あんずはあんずだ。人って欲張りだから、自分に持ってないものを他人が持っていると、羨ましく思う。だからこそ、性格の違う者同士が惹かれ合うわけだし、友達としてうまくやっていけるんじゃないか。きっとあんずだって、そうだと思うぞ」

『あんずがわたしを?そう……かな』
「名前は名前らしく、生きればいいと思うぞ」

我ながら照れくさい言葉だ。

『すごい、レオ。いつの間に、そんなことを考えるようになったの?成長したんだ』

「おまえ、時々失礼だよな」

『さすが、Knightsのリーダーだね』

「わはは、その通りだ!」

調子に乗って胸を張ると、名前はクスクスと笑った。

『ねぇ、レオ……』

「まだ何かあるのか?今度は何だ?」

『うん…あのね……レオって、好きな人って……いたりする?』

「は?」

不意にそんな事を聞かれて、おれの胸がドキンと高鳴った。

「な、なんだよ、急に!?」

『………』

「じゃ、じゃあ、そういう名前はどうなんだ?」

逆に問い返すと、名前は驚いたように目を丸くする。

『え……わたし?』

「名前は、好きな人いないのか?」

聞きたいような、聞きたくないような。おれだったら嬉しいけど、他の男の名前が出たらと思うと、めちゃくちゃ心臓が痛い。

『わ、わたしは……』

名前の視線が周囲を泳いだ後、真っ直ぐにおれを捉えた。
え……?
ドキリとする。心臓は爆発寸前。カウントダウン状態。

『わたしの好きな人は……』

憂いを帯びて、何かを訴えかけるような大きな瞳。吸い込まれるように彼女の瞳を見つめていると、いつの間にか互いの吐息が触れ合うくらい近くに、顔を寄せてしまっていた。

「名前、おれ……」

思い切って告ってみようかと思った時、カタカタと強い風が窓ガラスを鳴らす。その音におれと名前はハッと我に返ったかのように身を翻した。

『わ、わたしそろそろ部屋に戻るね』

「え?名前、まだ話の途中……」

『ありがと、お喋りに付き合ってくれて。おやすみなさい』

名前は急いでベッドから降りると、慌てたように部屋から出て行った。去っていく彼女の後ろ姿を呆然と見送ったおれは、そのままボスッとベッドに倒れ込んだ。
名前が座っていた辺りには、僅かに彼女の匂いが残っている。花とフルーツが混ざったような、甘くていい匂い。

「ヤバいな。本当に眠れないかも」

名前が残した言葉の意味と、いい香りでおれの胸の中はいっぱいだった。

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