ポケモンセンターを出たところで、わたしは思わず立ち止った。急に立ち止ったせいで、すぐ後ろをついてきていたマリルが勢いよくわたしの足の間にはさまる。

でも、そんなことかけらも気にならなかった。白い砂浜の向こうに、会いたいひとの影を見つけてしまったのだ。

わたしの幼馴染の、お友達。きれいな赤い髪の彼は、今までに会った誰とも違う、不思議な人。


それってどんなヤツなんだよ?といつだったか、ヒビキくんが聞くから、わたしはうーんと考え込んで、こう言った。

(曲がっているのにまっすぐで、冷たくて、優しいの)

心に浮かんだことをそのまま言葉にしたら、ヒビキくんは無表情でふーんと答えると、突然くるっとむこうを向いて、ぜってー負けられねー!と大きな声で叫んだ。わたしはヒビキくんが突然バトルの話をしたのに驚いたけれど、ふたりは会うたびに挨拶がわりにポケモンバトルをする仲だ。だから、ヒビキくんったら普段からバトルのことばかり考えているんだなあと、そのとき思った。


白い砂浜で、彼はオーダイルと一緒にじっと海の向こうを見つめているようだった。
声をかけようか、どうしようか、迷っているうちに、彼の方がわたしに気付いた。

わたしと彼は、そんなに話しをしたことがない。ヒビキくんが居る時に、何度か会話に混ぜてもらっただけだし、バトルなんて、レベルが違いすぎてもってのほかだ。実はいろいろな街のポケモンセンターで見かけたことが数回、あったけれど、とても声をかける勇気なんてなくて、人の影に隠れてそうっと遠くから見ていたばかり。つまり友達以前の関係だった。


彼が砂浜からわたしのいる堤防の上まで上がってくる。
素通りされるかと思いきや、なんと彼はわたしの前で足を止めた。胸の鼓動がとたんに早くなる。ああー、もっと可愛い服着ていればよかった、と頭のすみっこの女の子らしい部分がフル回転をはじめる。

「おまえは…たしか、ヒビキの」

「コ、コトネです!」


赤い目がほんの少し上からわたしを見下ろす。ヒビキくんより背が高いんだ。そして、声は少し低い。大人の境目にいるということだって、コガネのジムリーダーさんが言っていた。

わたしがもやもやと色々考えているうちに、彼はすっと離れて、街のほうへ立ち去って行ってしまいそうになった。

「ま、待って!」

思わず声をあげてしまった。考えなしな感情に、冷静な思考があわてて口実を考え始める。


「あ、あの!もうちょっとすると、すごいものが見られるの」


彼が足を止めて振り返る。赤い髪が夜風にふわりとなびいて、綺麗な顔をはんぶん隠す。くらくらした。

「すごいもの?」

「そう!流星群!今日は、流星群が見られる日なの。今日をのがしたら、次は62年後なのよ」

そう言って、砂浜のほうを指さして見せる。彼はちらりと海に視線をうつすと、黙ってこちらへ引き返してきた。

わたしは平静を装っていたが、狂ったように打ちつける鼓動をおさえるのに必死になっていた。

砂浜へ続く道を、ふたりで並んで下りて行く。ふたりで星を見られるというとんでもなく幸せなシチュエーションに、どうにかなってしまいそうだ。

彼は後ろ手にボールをかかげて、のしのしついてくるオーダイルをひっこめた。わたしもそれにならってマリルをボールに戻す。砂浜に降りたとき、わたしたちはふたりきりだった。


砂浜の、少し丘になったところに腰掛ける。もっと離れた場所に座るかと思ったら、なんと相手はわたしのすぐ隣に座った。

ヒビキくんを別として、男の子とこんなに近づいたことはない。今が夜で本当に良かった。もし夜でなければ、首まで赤いのがきっとばれてしまっただろう。

「星が消える前に願い事をすると、叶うんだって」

「迷信だろ。おれはそういうのは信じない」

「そう思うよね、でもね、流星群は、願い星ポケモンっていう伝説のポケモンが生まれるときに、一緒にこぼれた星くずだって言われてるんだって。だから、もしかするとホントにご利益があるのかもしれないよ」

彼はふうんと答えると、座りいいようにちょっと身じろぎした。空気が動いて、風下にいるわたしの顔に、ふわりと風がかかる。風は、夜の香りにまじって、彼の匂いがした。

「お、見えた」

熱に浮かされたようにぼんやりしているわたしの隣で、彼が声をあげた。迷信だろ、なんて言いながら、見ていてくれたんだ。

ちりちりする胸を抑えながら、あわてて空を見上げたそばから、ひとつ、白い尾を引いて光が横切って行く。もうひとつ。そして3つ目は、大きく赤く輝きながら、水平線まで落ちていく。

「わあ!わたしも見えた!」

輝く3つ星に、思わず声をあげて立ち上がった瞬間、わたしは砂浜に足をとられて盛大に後ろへ転がった。

砂に埋もれ、声をあげるひまもなく寝そべる形になって開けた視界に、十字の方向に4つの星がぱっと飛び散る。

わたしは転んでそうなったことすら忘れて、そのままの体勢でぼうっと空を見上げた。


「きれい…」

「なるほど、こうすれば天頂に目が届くな」

ほうけているわたしの隣で、砂が崩れる音がした。首を動かした瞬間、息が止まりそうになる。彼もわたしと同じように、仰向けになっていた。

どうやらわたしが転んだことが思わぬ発見となって、流星群が生まれるところを見つけることができたらしい。
赤い髪に白い砂がいっぱいつくのも構わずに、彼は一心に夜空を見つめている。

でも、わたしはそれどころじゃなかった。わたしの目は彼の横顔に文字通り釘づけだった。

すっと伸びた高い鼻、長い睫毛にふちどられた切れ長の目に、夜空を映して黒く染まる赤の瞳。小さなカーブを描く唇が時折動いて、あ、また流れた、と低い声がこぼれる。

わしづかみにされた心臓がきゅっと悲鳴をあげた。わたしは夜空じゃなくて、ずっと彼を見ていたい。でもずっと見ていると、変な子だと思われてしまいそう。

かくしてわたしは無理やり目をそらし、同じ空へ視線をうつした。


「…何をお願いしたの?」

「べつに」

そっけない返事が返ってくる。でも、なんとなく予想はついている。

きっと彼は、わたしの幼馴染のことを考えているんだ。強くて強くて、ほんとうに強い、わたしの幼馴染にどうしたら勝てるのかと。

わたしがふたりのように強くなれないのは、きっと、こういうところに違いがあるからなんだと思う。ヒビキくんと彼が、ポケモンバトルのことだけを考えているのに対して、わたしは、違う事をたくさん、考えているからだ。

友達のこと、髪型のこと、服のこと、そして、隣で寝転んでいる、彼のこと。


いま、わたしの隣で空を見ている男の子に、いつか想いを伝えられる日が来ますように。

もう一度、そうっと横顔を盗み見る。彼はわたしの視線になんて気付かずに、夜空を見つめ続けている。

わたしはたくさんたくさん流れていく星たちに、ひそかな願いをかけた。




20100308*okuya
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -