lean on1
「じゃあ、俺はこれで帰るよ」
「そっか、奥さん待ってるもんね」
「おあいて2、お前、当日ちゃんと俺の所にも挨拶に来いよ」
「もちろんだよ」
「じゃあ、またね…」
幸せそうに笑うおあいて2をおあいてと二人で見送る。
今日は同期入社のおあいて2の海外赴任への送別会を内輪だけで行った。
参加者は私とおあいてとおあいて2の入社当時から特に仲が良かった同期だけだった。
「久しぶりにここに来たけど、相変わらず豪華なとこに住んでるよね。おあいて部長は…」
飲み直しにおあいてのマンションに上がり込む。
二人ともソファに並んで身を預け、ゆっくりと近況を語り合う。
同じ社内にいても、部署も地位も違うため顔を合わせる事はあまりないから、こうして集まれば二次会までは当たり前。
議論が深まれば朝までお酒を飲みながら話す事もあった。
「まぁな。ただ、鬱陶しい重役のジジイどもに苛められてんだよ。これでも」
「そうなの?この間、そのジジイに怒って派手に書類投げ返したとかって聞いたけど…」
「忙しい中時間を作ったのに、あんな低レベルな企画書見せられたら誰だってキレるだろ」
冷たい笑みを湛えるおあいてはウィスキーの入ったグラスを口に付ける。
相変わらず、冷淡で激しい男だと思う。
女性に見間違うような美しい容姿を持つこの人は会社を経営する財閥の御曹司で、修業のために私達と一緒に一般社員として入社した。
けれども、何年か経てばやっぱり違いが出てくる。
彼自身の能力の高さもあり、出世のスピードは驚く程に早く、30歳を目前に重役の末席に既に身を置いていた。
「貴方がおあいて2を無理に海外赴任させたって噂があるけど、本当はどうなの?」
「馬鹿言うな。アイツが志望してたから俺は口添えしてやっただけだ」
グラスから口を離して遠くを見つめながらそう呟く同期。
そのまま、沈黙に室内は支配された。
グラスに入ったワインの量だけが減っていく。
「それより、なまえ。お前、本当にこれでよかったのか?」
おあいてが意味深な横目で私に問い掛ける。
「…どういう意味?」
「どうもこうもない。そのままの意味だ。俺がお前の気持ちに気づかないような馬鹿に見えるか?まぁ、当の本人は他の女に夢中でその片鱗にすら気付いてなかっただろうけどな」
ずっと秘めてきた想いを、一切陽の目を浴びさせるつもりもなかったその私の気持ちをこの男は引き摺り出そうとする。
動揺する私の様子を高みの見物をするように、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。
それは、新入社員研修の時にグループワークの時を彷彿とさせる。
その他人を馬鹿にした態度にイラついた私はこの男と周囲が引く位の激しい口論を繰り広げたのだ。
それ以来、何故か気に入られたらしく、こうしてお酒を一緒に飲む仲となった。
「そんな事今更聞いてどうするつもりなのよ…!」
「別にどうもしない。ただ、気になっただけだ。お前がいつもアイツの前ではいい女友達でいようとしてた癖に、見てないところで辛そうな表情をしていたのをずっと見てきたからな」
唇を噛んでキツく睨めば、さっきまでの笑みを消して無表情でそう回答する。
「じゃあ逆に聞くけど…貴方こそ本当にこれでよかったの?」
意を決して、ずっと尋ねたかった事を口にした。
「…何言ってるんだ?」
すると、眉をひそめて訝しげに私を窺う美しい男。
「いつも色んな女の人と派手に遊んでるみたいだけど、本当はおあいて2を…」
私の言葉を遮る様にガシャンとグラスをテーブルに叩きつける音がする。
思わず身体がビクンと跳ねて、動きを止める。
「お前に何が分かる!?」
歪んだ表情にはずっと誰も知らない心の奥底にしまってあった大切なものが穢される様なそんな不安や恐怖が滲んでいる。
こんなに取り乱すおあいてを見るのは初めてだった。
確かに、飲み会の席で他の人と口論になった時に激昂する彼を見た事は何度かあったが、まるで雰囲気が違う。
比べ物にならない位に必死で心の底から叫んでいるようだった。
「わかるよ…貴方も私と同じだったって」
その瞬間、大きく目を見開くおあいて。
同じ人間に対して同様の気持ちを抱いている他の人間は何となく雰囲気でわかる。
それが女だろうが男だろうがそんな事は問題ではない。
「貴方がおあいて2を見つめる瞳は普段からは到底考えられない位に優しかったから」
そう、 届かない想いを抱いているのは貴方も私も同じだった。
「おあいての女性関係の噂を聞く度に私まで悲しくなったよ…きっと、おあいて2の事考えたくないからだって、胸が詰まる思いで…んんっ!?」
そう言い終わるか終わらないかの内に腕を引き寄せられて唇を塞がれた。
荒々しい口づけの合間に苦いウィスキーの味が流れ込んでくる。
それはきっと、ずっと報われなかったおあいての気持ちなんだろうと思う。
そして、お互いに密やかに互いの様子をうかがいながら、落ち込んでいたんだ。
「そうだ…全部お前の言う通りだ」
唇を離せば何時もの強気な態度は消えていた。
「だから、アイツを遠ざけたくて海外赴任が出来るように仕向けたんだ」
弱々しく苦しそうにそう呟く。
「辛かったよね…」
そっと
に手を伸ばせば、その手を握ったおあいては私の肩へと頭を寄せる。
体重がかかった私はそのままソファへ背中を預ける事になり、彼は身動きの取れなくなった私に抱きついてきた。
「もう疲れた…結婚して幸せそうなアイツを見るのも…側にいたいのに、いたくないと悩む自分にも…」
だから、アイツの為にも俺の為にもこの選択が正しいと思ったんだ―――
首筋に顔を埋めたままのおあいてがそんな事を溢した。
その弱々しい状態に思わず背中に腕を回した。
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