恋を止めないで1
やっと戻って来た。
ずっとずっと待ってたの。
大切な大切なあの人を…
「じゃあ、私はこれで失礼しますね」
「え〜なまえちゃん帰っちゃうの〜!?」
「なまえ先輩、まだ一緒に飲みましょうよ〜!」
「ごめんなさい。明日は予定があるから」
先輩や後輩が引き留めようとするけど、手早く荷物をまとめる。
今日は彼氏であるおあいて先輩が2年間の海外赴任を終えて帰って来たのを記念して、お祝いの飲み会がとある居酒屋で開かれていた。
先輩が元々いた部署の社員である私達の他にも、先輩と仲の良かった別の部署の社員さん達も沢山来ていて、改めてその人望の厚さを実感する。
飲み会が始まってからずっと絶えず代わる代わるやってくる人達に先輩は囲まれていて、私はろくに話も出来ずに片隅で直属の先輩達と話をしていただけ。
寂しい気持ちになりつつも、楽しそうにしてる先輩を見ると何も言えないし、改めて二人でお祝いすればいいかという結論になった。
そして、そのまま何も言わずに立ち去るつもりだった。
「なまえ、送ってくぞ」
ところが、車の鍵を持った本日の主役はすでに個室の出口で待っていた。
いつもと変わらない様子で、私を手招きする。
「先輩、悪いよ。久しぶりなんだから皆と…」
「いいんだよ。俺は一滴も飲んでないし
ほら、見てみろ。もう出来上がってるだろ?」
確かに、振り返れば、酔うとキス魔になるイケメン係長がなぜか男性社員にキスを迫り大変な騒ぎになっていた。
「お前と二人でゆっくりしたいんだよ」
なんて優しい笑顔で頭を撫でられたら断れる訳もなくて甘える事に。
前を歩く先輩の姿。
背の高い、大好きな鍛えられた男らしく広い背中が目の前にある。
想い焦がれたこの人がこんなに近くにいるはずなのに、まだ実感がわかない。
「ほら、乗って?」
夢の中にいる様な気持ちのまま、車へと乗り込んだ。
エンジンだけが響く静かな車内。
窓越しに夜の闇がどんどん流れていく。
街灯やビルの光が線を描いては消えていった。
私はずっと、そんな外の風景を眺めていた。
「どうしたんだよ、今日はえらく大人しいな」
不意におあいて先輩が話しかけてきた。
「え!?そんなことないよ!」
「そうか?いつもなら、仕事の事や友達の事を嬉しそうに報告してくれるだろ…?」
焦る私に対して、納得がいってない様な少し不機嫌でいてそれでも心配そうな声。
大好きなこの人を不安に曇らせてるって分かってる。
だけど…そのまま、また沈黙になってしまった。
助手席から運転してる先輩の横顔に密かに視線を送る。
その顔は2年前よりも遥かに落ち着いてて、余計なものがそぎ落とされた後の様だった。
私の知ってるおあいて先輩とは違っていた。
いつも電話してたし、連絡を取っていたはずなのに、実際に会うとこんなに変わっているとは思わなかった。
なんだか、知らない人みたいで…
前みたいに素直にその胸に飛び込めないの。
先輩が赴任していた国は丁度地球の裏側にある場所で、あまりに遠く、二年間全く会えなかったから。
こうして二人きりになるのは、あまりに久しぶりで、話したい事がたくさんあったはずなのに何も言葉が出てこない。
どうしていいかわからなくて、到着するまで 膝においたカバンをぎゅっと握り締めていた。
そして、2つの足音だけがマンションの廊下に響く。
とうとう私の部屋の前に到着した。
「…おあいて先輩ありがとう。送ってくれて」
玄関のドアの前で向かいあった私達。
互いに言葉はないまま見つめ合う。
彼は優しく私の頬に手を触れた。
「ん…」
その瞬間、重なる唇…
「じゃあな。部屋入ったらちゃんと鍵かけろよ」
顔が離れると眉を下げて少し悲しげに笑って大切な人は、そのまま背中を向けてしまう。
「待って…」
行かないで――――――――
その大きな背中にぎゅっと抱き着く。
涙がこぼれてきた。
「なまえ…」
おあいて先輩が驚いている。
だけど、お構いなしに腕に力を込めた。
本当は2年間ずっとこうしたくって、
でも出来なくて寂しかったから…
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