blurry eyes1



「はぁ!?何だよそれ…」

正に青天の霹靂だった。

「だから、なまえちゃんがおあいて2と付き
   合ってんだって。まだ、1週間前からの話
  だけど」

数ヵ月ぶりにきた大学で、サークルの友人からとんでもない事実を告げられた。

「ちょっ…!?おあいて!?」

バンッと思い切り扉を閉めてサークルの部室を出ていく。

頭に血が上った俺は、そのまま廊下の壁を殴る。
怒りに支配された俺に痛覚なんてものは歯が立たない。
周りの他のサークルの奴らがぎょっとした顔で俺を見ているが、そんな事はどうでもよかった。


許さねぇよ、そんな事。
なまえは俺のもんなんだ。

アイツの初めての男は俺で、何もかも俺のもんじゃなきゃ気がすまねぇ。

むしゃくしゃしながら、学校を後にしてアイツの家へ向かう。
苛ついた俺は肩で乱暴に風を切りながら街を歩いていた。


なまえは高校からの同級生。
三年の時に同じクラスになって、席が隣になったんだ。
偶然にも志望大学と学部が一緒で、仲良くなって二人でよく勉強をしてた。

「お前、そんなつまらないミスしてたら受か
  んねぇぞ」

「おあいてだって、この間引き算間違えてた
   じゃない!」

なんて、軽口を叩いたりしながら一緒にいた時間は、大変な時期のささやかな楽しみだった。テストの成績を互いに見せ合ったり、それぞれ得意な部分を教え合ったり、励まし合ったりと、精神的にも辛い時期を共に乗り越えた仲間であると自負していた。

俺達には絆は存在している。

それは、恋人とかそんな甘っちょろいものよりも遥かに強固で、いうなれば戦場で共に戦った友の様なそんな感覚に近かった。


気持ちを落ち着かせるために、アイツのマンションの前で煙草に火をつける。
自ら吐き出した紫煙が空へ昇っていくのを目を細めて見つめていた。


「おあいての事がずっと好きだった…
   付き合って欲しいの…」

あれは、二人とも志望大学に合格した直後だった。
担任に一緒に合格の報告をするために高校へ行った帰り道に、なまえに告白をされたんだ。

「…悪ぃけど、お前は大切な友達なんだ」

夕陽だけじゃなくて、俺への気持ちに頬を染めるアイツはとても可愛かった。
けれども、俺はその想いに応えようとはしなかった。

「そっか…」

アイツが涙を堪えて俯く姿は今でも忘れられない。
そのまま走り去って行った後ろ姿も思い出す度に胸が痛くなる。

俺がなまえを友達と思ってる?
そんなはずはない。
俺は容姿がいいらしく、小さい頃から女にモテた。あの頃も色んな女に言い寄られてうんざりしてて、告白もつっぱねたりと色んな手段で遠ざけていた。
そんな俺が唯一自分から隣に置きたいと思った女だ。

けれど、彼氏と彼女なんて関係になってしまえばいつか終わりが来るだろう?
いつか気持ちが変わってしまうのが、ただそれが怖かっただけ。

"友達"という肩書きであれば、そんな事は絶対にない。

だから、ずっと自分の側に置いておきたくてそんな事を口にしたんだ。

その一件で、一瞬気まずい雰囲気になったけれど、大学で再会してまた前みたいに接する様になった。
…というよりも、俺が手放さなかった。
大学になってどんどん綺麗になっていくアイツを身体で繋ぎとめて、側にいて他の男達を威嚇した。
何度も抱いたのに相変わらず”友達”で、別に彼女を作ったりもしていた。

でも、他の女と付き合ってみても結局は長続きなんてしないし、それでやっぱりなまえをこの曖昧な抜け出せない関係に沈めて置いてよかったと実感していた。

なまえが俺を拒む事なんてまずないし、俺が甘く囁けば何でも言うことを聞く。

この終わりのない関係で、永遠に俺達は一緒にいられると思ってたんだ。


ピンポーン―――――――

いつもと同じ様にアイツの部屋のインターホンを押す。
するとパタパタと軽快なアイツの足音が近づいて来た。

「はーい!早かったね…っ!?」

ドアを開けて俺を捉えたアイツの顔には失望が広がる。
その眼差しはまるでプレゼントの箱を開けると望まないものがはいっていた様な、そんな期待はずれ感に溢れていた。

前に会ったときよりもなまえの髪の毛は伸びて、ゆるくパーマがかかっていた。
白いニットにジーパンの姿はいつも俺を迎える時と変わらない。

無言のまま俺を見つめる視線は、遠巻きで様子を窺う様な、何をしに来たんだと言わんばかりの拒絶の気持ちが込められている。

自分が場違いだと思い知らされる。


「よぉ…」

「ちょっと!おあいて!?」

それでも、いつもみたいに適当に挨拶して、無遠慮にずかずかと上がり込む。
後ろから制止する声にも御構い無く。

目に入るのはいつもと同じ廊下、そしていつもと同じ白いコイツのワンルームの部屋。
変わらないそれらに安堵を覚える。

「おあいて!帰って!」

特等席のテレビの正面に陣取り、胡坐をかいでいる俺の目の前で立ったまま、大声で訴えるなまえ。それでも、無視してそのまま居座る。

「お願いだから…!
   これから彼氏が来るの!!」

「おあいて2が来る?だから何だ?」

下から睨み上げると、なまえが一瞬たじろくのが分かる。
なんで知っているんだと恐れをなした眼差しを向ける。

「おあいて2なんかただのサークルの後輩
   じゃねぇか。あんなお子様。
   俺の方が比べ物にならないくらいにいい男
   だろ?」

「そんな言い方しないで!
   おあいて2は優しくていつも私の側にいてくれる
   んだから!おあいてなんかとは違うの!」

「俺だってずっとお前と一緒にいただろ?
   お前の事ちゃんと満足させてやってたじゃ 
   ねぇか」

思わず冗談混じりに下世話な事を口走ってしまう。

「そういう事じゃない!
   あの子はいつも私を励ましてくれた。
   待っても来ない貴方に疲れた私に優しい笑顔
  で元気をくれたの…」

「つまり、奴は俺の代わりだっただけだろ?
   俺じゃなきゃ駄目なんだよお前は。
   俺がお前じゃなきゃ駄目な様に…」

「…え?」

なまえが俺の発言に戸惑いを見せる。

「だから、俺もお前の事、高校の時から
   ずっと好きだったんだ」

妙に落ち着いていた。
今まで、ずっと隠してきた気持ちを想い人本人に告げるという重要な局面なのに、緊張も焦りも不思議と全くない。
ただ、真っ直ぐなまえを見つめる。

「手放したくないんだよ、お前の事…
    他の女とは切るから、お前だけだから」

そして、更にそう言葉を続けた。
揺さぶりをかけるために。
取り戻すために。
俺がこう言えば、きっと戻ってくると信じていたから。


「なによそれ…」

けれども、アイツの口から零れた言葉に温度はなかった。

「今更何なのよ!ずっと私を都合のいい女に
   して、他の女の子と付き合ってたのは
   何処の誰!?」

声を荒げるなまえの表情は今まで見たことない様な怒りに満ちたものだった。

「私はずっと高校の時からおあいての事が
    好きだったけど、貴方は応えてくれなかっ
   たじゃない!いつもそう!私としてそ
   のまま帰って…朝、起きて誰もいないベ
   ットで私がどんな気持ちでいたか…
   大学で綺麗な女の子と並んで歩いている
   貴方を見てどんな気持ちでいたか考えた
   ことある!?」

次から次へと浴びせられるのは俺への憎悪と怨恨。

言葉が出てこない。

気づきたくなかった。
嘘だと思いたかった。
いつの間にかなまえの中に俺の場所なんてものはなくなってしまってたんだ。


「おあいてなんて大嫌い…!
    もう帰ってよ…!」

涙ながらに俺への憎しみをぶつけるコイツ。

こんなにもいつの間にか心が離れてしまっていた事実に愕然とする。

俺は自分で大切なものを壊していたんだ…
誰よりも大切にしているつもりがそれが間違った方法だったと知ることもなく、ただ自分の満足で我儘で。
俺が外で何をしてても、現れれば笑いかけて迎え入れてくれるものだと信じていた。

冷静に考えれば、なんて自分勝手で一人よがりだったんだろう。


「私が一番大切なのはおあいて2なの…」

さらに続いた一言に凍り付いた。
壊れたレコードみたいにそのフレーズが何度も何度も繰り返し頭の中で流れ続ける。
それは速度をどんどん増して、渦潮の様に激しく感情を飲み込んでいく。
諦め、手放し、そしてその深層に隠されていたどす黒い感情がゆっくりと頭をもたげて、あっという間に俺の中に広がる。

「ははっ…」

乾いた笑い声が薄く開いた唇から洩れる。
暗くてひんやりとした残酷な気持ちが湧き上がってくる。
歪んだ高揚感に嗤いが止まらない。

「んな事許すわけねぇよ」

立ちあがり、目の前の女の腕を引っ張りベッドへ突き飛ばした。

「やだっ!ちょっと何するのよ!?」

「ムカつくんだよ」

馬乗りになって怯えて暴れるなまえを無理矢理に押さえ付ける。

「お前は俺の事だけ見てればいいんだよ…!」

そう吐き捨ててコイツの服に手をかけた。

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