marionette
「なまえさん…気持ちいい…?」
ギシギシと軋むベッドの上で俺達は抱き合っていた。
「も…こんなのダメだよ…おあいて君…」
ダメだって言うクセに、俺がナカを擦る度に腰を震わせている。
今日もまた、先輩と繋がっていた。
「だっておあいて2に…」
「なまえさんが寂しいって呼んだんでしょ?俺を…」
これ以上余計な事を聞きたくなくて唇を塞ぐ。
そのまま激しく腰を打ちつければ、愛しい女性が身体をヒクつかせて達し、俺も薄い膜の中に白濁を放った。
「…おあいて2先輩」
なまえさんのマンションを後にして、とあるカフェへ向かう。
「どうだったんだ?あいつ」
テーブルでふんぞり返って煙草を吸っている整った顔立ちの男性が、鋭い視線で正面から俺を捉える。
”あいつ”とはなまえさんの事。
俺がさっきまで抱いていたのは目の前のこの人の彼女だった。
「寂しそうだった…俺とシてても、おあいて2先輩の事…」
そう、あの人はいつもおあいて2先輩の事しか見ていない。
この人はなまえさんに会いに滅多に会いに行かないから、彼女はその寂しさを俺で埋めている。
俺と連絡を取っては、ああやって肌を何度も重ねてきた。
都合のいい男でも構わない。
なまえさんがバイト先にやってきた、初めて会ったあの時から彼女の事が好きだったから。
そして、幸運にもおあいて2先輩が俺を可愛がってくれてたから三人で飲みに行ったりする機会も多くなって、なまえさんも俺を弟みたいに仲良くしてくれる様になった。
だから、なまえさんが先輩と酷いケンカをしたあの日、縋る様に俺に電話をしてきた真夜中、家を飛び出して会いに行ったんだ。
大切な人が一人ぼっちで泣いていると思ったから慰めたくて。
そして、その時に過ちを犯してしまった。
それが全ての始まりだったんだ。
「ねぇ、先輩。
もうこんな事止めよ…なまえさんが可哀想だよ…」
確かに俺は彼女が大好きだし、彼氏になることが出来なくても例え先輩の身代りでもああやってエッチできればそれだけでも幸せだって初めは思ってた。
でも、何度もする内に、なまえさんの抱える寂しさに気付いちゃったんだ。
「あ?何言ってんだ。
お前、アイツの事好きなんだろ?
せっかく彼氏の俺が許してやってんのに、それでいいのか?」
けれども、先輩は全く動じない。
煙草を吸いながら、試す様に俺の顔を覗きこんでくる。
「でも、こんなのおかしいよ!」
ぐっと拳を握って思い切って訴えた。
「先輩はなまえさんの事本当に好きなの!?どうしてこんな風に傷つけるの!?」
ずっと知りたかった核心にとうとう迫る。
「…俺はアイツを愛してる。
お前なんかよりずっとずっと」
ふうっと口から煙を吐き出すおあいて2先輩は、当たり前だと言わんばかりにさらりとそう告げた。
「だったらどうして…」
「だからなんだよ。俺だけを見て欲しいからに決まってんだろ」
意味が分からない−−−
思考が追いつかなくて固まる俺。
先輩は煙を纏いながら、そんな俺の反応にケラケラと嗤う。
「いいか、おあいて。
世の中にはお前みたいな真っ直ぐな奴だけじゃないって事だ」
そう言うと、さっきとは打って変わり、真剣な顔でじっと正面から俺を見据える。
「他の男に抱かれた罪悪感は、アイツに俺の存在を深く刻み込む。しかも、お前は大事な俺の後輩だ。そんな奴と関係持ってる事が俺にバレたらとアイツはいつも恐れている」
「何それ…なまえさんがどんだけ苦しんでるか分かってるの?先輩…」
わなわなと怒りに唇が震える。
「それがいいんだよ。ばれないように必死で取り繕って、俺に縋って愛情を求めるアイツの姿を見るとすごくいい気分になる。俺じゃなきゃだめだってわかるからよ」
けれども、俺の怒りなんてどこ吹く風で、灰皿に煙草を押しつけて火を消す先輩。
その言葉で、全てを悟った。
あぁ、これはおあいて2先輩が用意した舞台なんだ。
俺となまえさんはそこに登場するただの人形で、この人が上から操っていたんだ。
段々と鈍く哀しい感情が広がってゆく。
「それに、お前に抱かれた後のアイツの乱れっぷりはやべえぞ。いけない事した後の背徳感や罪悪感で、より感じやすくなってやがる。最高なんだよ」
俺にそう熱く語る先輩はうっとりと、恍惚に満ちた表情をしていた。
悪魔だ―――
目の前にいる兄の様に慕っていたこの男を心の底から怖いと思った。
「…もしもし、俺だ」
そんな先輩がいきなりなまえさんに電話をかけ始める。
「今からそっちいくから」
会話をしながら、こちらへ視線を寄こして挑発的に歯を見せた。
「じゃあ、今からアイツんとこ行ってくるからな」
電話を切れば、楽しそうに席を立つおあいて2先輩。
座ったまま呆然としている俺をあざ笑うかの様にカフェから出て行った。
哀れだ。
なまえさんは踊らされている事に気が付いていない。
俺は全部を知っているのに、糸を断ち切る事が出来ない。
おあいて2先輩は愛する人を操って、壊そうとしてる事に気づいていない。
そして、今日もまた悲劇は繰り返される。
ねぇ、この寂しくて悲しい人形劇にいつか終わりは来るのだろうか…?
2015.6.13
天野屋 遥か
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