bad romance2



衝撃で手から滑り落ちたペットボトルから溢れた水がじわじわとカーペットに染みを広げていく。

「ちょっ!ふざけないで!いくら酔っ払ってるからって…!」

「ふざけてない。酔っ払ってもないし。ほんとは」

いつの間にか、敬語はなくなっている。

「なまえ先輩と話をしたかったから、酔ったふりをしたんだ。ねぇ、俺の質問に答えてよ!」

おあいて君があの洞穴みたいに暗い瞳で、上からじっと私を見つめてくる。

「…避けてなんてない」

「嘘つかないでよ。なまえ先輩は俺の事、嫌いなんでしょ?」

子供みたいに涙を溜め込んだ怒った様な上目使いで私を見つめる後輩。

「別に嫌いじゃないから」

好きとか嫌いの次元じゃなくて、感情よりももっと本能に近い部分が"関わってはいけない"と危険信号を送ってくる。

「じゃあさ、なんで前に俺が誘った時は断わった癖に、鈴木とはご飯行ったの?おあいて2先輩と三人で」

「あれは偶然帰りが一緒になっただけで…って、なんでそんな事知ってるのよ」

「鈴木から聞いたんだ。俺が飲み会とかで話しかけてもそっけないし、この間、おあいて2先輩達と四人で飲んだ時もアイツや先輩としか喋ってなかったじゃん!嫌いじゃないならなんで避けるの?!」

「それは…」

さすがに、"君が怖いから"なんて失礼な事は言えなくて、言葉に詰まってしまう。
じっと見つめてくる彼の視線に息が詰まりそうだったから、無言で顔を反らす。

「なまえ先輩、俺こんな状態やだよ!」

「やっ…!何するの!?んんっ…!」

すると、いきなり抱き締められて、唇を塞がれる。
遠慮なしに舌を唇の間に割り込ませて、私のそれに絡ませてきた。呼吸が奪われて苦しくなる。

「離して!」

やっと顔が離れた所で、逃れようと暴れるけれど、

「嫌だ!!」

彼は応じるどころか、腕の力をさらに強めてくる。

「俺、先輩の事好きなんだ…!」

苦しそうに想いを告げるおあいて君。

「ずっと見てたのに、全然気付いてくれないし…だから、先輩と仲の良いおあいて2先輩を…」

「待って!?何言ってるの!?まさかおあいて2は…」

「帰り道、こっそり後をつけて俺が階段で後ろから突き飛ばしたんだ。先輩は酔っ払ってたから覚えてないみたいだったけど…」

ニコニコと仕事の報告をする時と同じ口調で、何でもない事の様に言い放つ。

衝撃だった。

おあいて2は酔っ払って階段から落ちたのではなくて、故意に突き落とされたのだ。

「なまえ先輩が悪いんだ。俺の事見てくれないから」

何を言ってるのかわからない。
私は思わせぶりな事も何もしてない。
ただ、仕事を教えていただけ。
むしろ、必要以上には関わらない様にしてたのに。
 
彼の言い分が全く理解出来なくて混乱していると、私のスーツに手をかけてくる。

「やっ…!止めて!!私は君の気持ちに応えられないし!こんなのやだっ!」

「嫌だよ。やっとなまえ先輩と二人きりになれたのに…」

そのまま、私のシャツのボタンを外して肌を晒させ、首筋に舌を這わせ始めた。


それから暫く経過し、視界を占めるのは天井と、正面で身体を前後に揺らしている何も着ていないおあいて君のみ。

室内は、ベッドの軋む音と肌がぶつかる音、荒く呼吸をする音がだけが響いている。


「も…やだ…止めて…本当に…お願いだから」

「や〜だ!気持ちいいもん!」

私の中で動くおあいて君に訴えるけれど、彼は動きを止める気配はない。それどころか、私が泣きながら懇願する姿に中で益々体積を増していた。

「いつものクールな先輩もいいけど、泣いて甘える先輩も超かわいくてたまんない」

耳を疑うその言葉。

この子には一体何が見えているの?

泣いて嫌がってるというのに、何処を甘えていると言えるのだろう。

「これで、なまえ先輩は俺のだよね」

力が入らない私を尻目に嬉しそうにそんな事を呟く。

「鈴木よりもおあいて2先輩よりも誰よりも近くにいるもん」

無邪気に笑うおあいて君。

ああ、彼への恐れの正体がやっと分かった。

その狂気を無意識に何処かで感じとっていたんだ。
まるで、脊髄反射の様に、考えるまでもなく危険だと本能が察知していた。

けれども、その正体が分かったのはあまりに遅くて。
最早、取り返しがつかない事になってしまった。

「逃さないから…」

かわいい顔をした悪魔はそう呟いて、再び私を食らいつくし始めたのだった。


2015.5.3
天野屋 遥か



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