cosmetic



「綺麗よ。なまえ」

明るい赤色のリップが唇を彩る。
それだけで、自分の顔が明るくなった気がした。
大きな鏡に映し出された自分の姿に女としての魅力が引き出されたと実感して、自然と笑みが零れる。

「やっぱり思った通りだわ。アタシ、この色を見た瞬間になまえに似合うって思ったの」

私の両肩に手を置き、顔を並べて微笑むおあいてちゃん。

メイクは女性の力を底上げしてくれる。
背筋を伸ばして顔をあげて堂々と歩くことが出来て、自信を与え、すこしばかりの勇気を後押ししてくれる。
心がわくわくして、余裕が出来て周りを幸せにする。

彼からそんな魔法を学んだ。


「「乾杯」」

今日は久しぶりのデート。
おあいてちゃんのマンションで、ゆっくりと二人だけの時間を楽しむ。

「こうやって、お酒飲むと思い出すわねー。アタシとなまえの出会い」

テーブルについて、お酒と一緒に彼が作った料理に舌鼓を打つ。

「ほんとにびっくりしたよ。女だと思ったもん」

あの時の驚きを伝えれば、あははと豪快に笑う恋人。
今日は化粧もしてなくて、ゆるりとしたアイボリーのニットに濃い青のジーパンというシンプルな出で立ち。
見上げる程に背が高くて、無駄のない引き締まった体型。
小さなグラスに注がれた大好きな日本酒を口にしながら私と話す姿はそれだけでも絵になっていた。


「兄貴ー!兄貴もここで飲んでたの!?なんで教えてくれないの!?水くさい!」

あれは1年ほど前、会社帰りに同期のおあいて2と飲んでいたら、突然現れた大きな女性。
黒のパンツにゴージャスなシフォンのブラウスを身に付けて、黒々とした長い髪を大きな花やストーンで飾られたバレッタで後ろで一つに束ねていた。
いきなり席に現れて大きな声で話すその人の登場に普段は無表情な彼も驚いていた。

「おあいて2の妹?」

「…違いますよ。よく見てください。男です。弟ですよ」

「えぇっ!?」

「はーい!弟の綺麗なおあいてでーす!」

すでにかなりお酒が入っているのか、テンションがすごく高い。
自分で綺麗とか言っちゃうのはどうなのかと思いつつも、女の人に見間違える様な美しさで、一分の隙も与えないメイクをしてて…
けれども、言われてみれば、身長がすごく高くて、声も低くて…いわゆるオネェ。

色んな意味で衝撃を受けた。

寡黙でクールなおあいて2とは正反対の弟。
大手企業でサラリーマンをしている兄とは違って、メイクアップアーティストという個性的でファッショナブルな仕事に就いている。
適材適所とはまさにこの事。
その日は仕事の打ち上げで来ていた彼は顔だけ見せて帰って行ったけど、これがきっかけで、時折三人で飲むようになった。
仲が良くなり、メイクが苦手だった私はおあいてちゃんにメイクを教えてほしいと頼んで、二人で会うようになって…そして付き合う様になった。
普段は死角のない完璧なメイクして派手な女性の格好してるけど、その素顔は端正な美男子。
中身は普通の男の人で恋愛対象も女性だったのだ。


「この2か月大変だったのよ。ファッションショーのメイクを担当してたからさ、毎日バタバタで」

「でも、楽しそうだったじゃない」

忙しすぎて全く会えなかったけれど、それでも毎日連絡をくれていた。
メッセージにいつも写真も添えてくれて、仕事場での様子などを見せてくれていた。
いつも笑顔で写真に写っているその姿に、充実している事は十分に伝わってきた。

「そりゃ、楽しいわよ。仕事は。じゃなきゃやってられないわ」

「おあいてちゃんの仕事は確かに好きじゃないと続けられないものだもんね」

私のような会社勤めの人間とは違い、感性を売り物にしていく職業だからこそ、好奇心が要求される。情熱と探求心が道を切り開いていくそんな仕事だと思う。

「でもさ、これでもアタシ寂しかったのよ。アンタに会えなくて…」

溜息をついて、目を伏せるおあいてちゃん。
いつもの咲き誇る大輪の花のような笑顔じゃなくて、風に揺れる枝垂れた柳の様に憂いに満ちている。初めて見たそんな表情に、不謹慎ながら思わず胸がときめいてしまう。

「私も同じだよ。寂しかった…いくら連絡取ってても、会えないのは変わらないし。だから、今日やっと会えて嬉しかった」

けれどもそんな表情をさせてばかりではいけないと、素直に自分の気持ちを告げる。すると、おあいてちゃんも先程までとは違い嬉しそうに微笑んでいた。


「どう?なまえ、気持ちいい?」

下から私を見上げる汗ばんだおあいてちゃんはただの美丈夫。
動きに合わせて軋むベッドの周囲には私達の衣服が点々と散っていた。

「ん…いいよぉ…」

「かわいい」

久しぶりに繋がった私の中を愉しみながら、今度は身体を起こして向かい合う。
髪の毛をかき上げ、悠然と私が快感に浸る姿に満足そうに目を細めていた。
さらりと肩に落ちた潤んだ漆黒の髪の毛に触れたくて手を伸ばせば、逆にしっかりした胸板にぐっと引き寄せられる。

「チークしたみたいに色付いてる…違うな。チークなんかよりももっとずっと綺麗な色。化粧では敵わない色香で、こうして男を誘うんだ」

そのまま顔を持ち上げられ、頬に唇が触れる。
その感触は羽根で優しく撫でられるみたいで慈しみに溢れていた。

「アタシね、なまえを初めて見た瞬間、すっごく綺麗だって思ったんだ。欲しいなって…」

「何言ってるの?私なんて男みたいな顔してるし、綺麗なんかじゃないよ」

真っ直ぐに私を見つめる視線が強くて、そして、なんだか照れ臭くて目を逸らしてしまう。

「そんな事言わないで」

これ上話すなと言わんばかりに、いきなり口づけをされる。
舌を絡ませる深いそれは、私の卑屈な気持ちを奪い去るには十分だった。

「アタシはね、自分のセンスに絶対の自信を持ってるの。だから、誰がなんと言おうとなまえは美しいと思うわ。それだけは覚えておいて」

艶めかしく笑った彼はそのまま強く私を抱き締めた。


2017.2.8
天野屋 遥か




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