「あれ?ない…」

事務所の休憩室で荷物を確認していたら、大切なものがない事に気付いた。
もしかして、アキから借りたノートに誤って混ぜて返してしまったのかもしれない。

「おい、静流!打ち合せ始まるぞ!」

鞄の中をしつこく探していると真人に声をかけられる。

「わかった!すぐ行く!」

誰かに見られたら困るなぁと思いながらも、中断して会議室へと向かった。


「これ…この間返ってきたノートにはさまってたよ」

TV局の楽屋にバイト中のアキを呼べば、入ってくるなりルーズリーフを差し出す。
それはまさに探していたものだった。

「ありがとう!これ、ずっと探してたんだ!」

「あと…中身読んじゃった…ごめんね」

申し訳なさそうな顔で謝るアキ。
実は、これには僕が密かに書き溜めている歌詞が書かれていた。

「この詞って静流君が書いたんだよね?」

「…そうだとしたらどう思う?僕の事」

彼女を試すかの様に、冗談に見せかけて様子を伺う。
一人でこそこそと詞なんて書いてるなんて気持ち悪い奴だと思うのか、それとも…
彼女の僕への気持ちを探るために、じっと瞳を覗き込めば

「すごいと思う!感動した!」

僕の欲しかった答えをくれた。

「ほんとに?」

「うん!才能あるんだなぁって思った!こんなにカッコよくて、歌とダンスもうまいのにそれだけじゃないなんて、ずるいよ!!」

確かめる様に、甘いお菓子をねだる様に確認をすれば、次々と嬉しくなる言葉をくれる。

「…実は、僕の趣味なんだ。作詞や作曲って。仕事始める前からピアノとか習ってて音楽が好きで、自分でも何かを表現したいって思っててさ」

普段考えたり感じている事を歌という形にしようと、忙しい仕事の合間を縫って行うこの作業は仕事で疲れた僕を癒してくれる。
そして、それは子供の時にお気に入りのおもちゃで遊んでたみたいにずっと没頭してられるもの。僕が唯一ひたむきに真面目に取り組める事なんだ。

「今までも自分の曲を使って欲しいって何度も言ってて…なかなかだめだったんだけど、次のグループのアルバムに入れてもらえそうなんだ」

「本当に!?アルバム出るってだけでも嬉しいのに、静流君が作った曲が聴けるなんて、今からすごく楽しみ!」

媚びなど余計な打算一切なく、ただ純粋に喜んでくれる君の姿に、自分の目標が実現に向けて1歩近づけたのではないかと小さな手応えを感じた。
恥ずかしくて、メンバーにもあまり語らない事だけれど、なんだか、アキなら自分の思っている事を素直に伝えられる。

皆に僕の作った歌を聴いてもらいたい。

これは僕のささやかな夢。
無理矢理に笑顔を作って、ダンスや歌を歌っているアイドルじゃなくて、”上村 静流”自身が考えている事や感じている事を形にして伝えてたいと思っていた。


「えっ…?ダメになった?」

アルバムの企画の段階で、ちゃんとデモテープを聴いてもらってプロデューサーに採用されたのに、もうすぐレコーディングって時にいきなり僕の曲がボツになった。

「今回のアルバムのコンセプトに対してお前の曲が重いし本格的すぎるんだとさ」

雑誌の撮影の仕事明けにいきなりマネージャーから伝えられたこの事実に落胆を隠せない。

「納得いかないですよ!そんなの!だって初めに採用って言ってくれてたじゃないですか…なんで今更…」

どうにか考え直してもらえるように食い下がる。

「とにかく!!お前はアイドルなんだから、余計な事せずにしっかり歌とダンスだけやってイメージ守れ!変な勘違いはするな!」

しかし、訴えも虚しくいつもみたいに大声で話は打ち切られてしまった。次の仕事場へ向かうためにさっさと先を歩いていくその背中を見ながら寂しい気持ちになる。

ねぇ、僕には"アイドル"以上の存在価値はないの?

何処かでわかってて、でも認めたくなかった事実。
心が細く乾いた音を立てて、また欠片が剥がれ落ちていく。
この仕事を始めて、人気が出てからそんな感覚に襲われる事が何度もあった。

このまま、心が擦り減り続けていったら僕はどうなってしまうんだろう…?

深夜、くたくたの身体で自分のマンションへと戻る。
荷物を床へと放り投げて、そのままソファへと倒れこむ。
仕事であまり帰らない其処は何もなくて、自分の家と呼ぶには寂しい空間だった。

会いたいよ…。
いつもみたいに「静流君」って僕の名前を嬉しそうに呼んでくれたら…
それだけで、また頑張れそうな気がする。

天井をぼんやり見つめながら、込み上げてくる何かをぐっとこらえた。

君なら僕の話をちゃんと聞いてくれるだろう。
気持ちを踏みにじられた悔しさや哀しさを、やり切れなさを吐露しても受け止めてくれるんじゃないだろうか。

そんな事を想いながら携帯を眺めていたけれども、番号は押せなかった。

だって、僕はアキの中ではキラキラしているかっこいいアイドルでありたいと思ってたから。
これは周りに言われるからじゃない。
自分自身で決めた事だったから。

あぁ、もうこのまま寝てしまおう。
煩わしい事も辛い事もリセットしよう。

どうせ、数時間後には起こされてしまう。

目が覚めたら、またいつもの様にアイドルの”静流”として存在するだけだ。


2015.5.14
天野屋 遥か


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