suger fix(前編)1



「だから、あんたはいつまでも男が出来ないのよ!仕事もいいけど他の事にも目を向けなさいよ」

「仕方ないじゃん…そんな事言ってもさ〜!そんな暇ないって。今回の社内公募の企画に賭けてるのよ!最終選考にも残ってるし、これが採用されれば私は…」

居酒屋の隣のテーブルから聞こえてきた会話。
いわゆる女子会ってやつだろうな。
仕事一筋の女にもう一人が説教しているみたいだ。

つか、この声って…

聞き覚えのある声に、確認をするようにこっそりと隣の席に視線をやると、そこには予想通りの人物がいた。
会社での俺の指導係のみょうじ先輩だ。
もう一人は知らない女、多分友達で二人で飲んでる。

先輩も普段はパンツスーツをびしっと着こなしてて化粧もアイシャドウも濃くてアイラインもはっきりとしてて、いわゆるキャリアウーマンって感じの見た目。なのに、今日はカジュアルで化粧もいつもよりもふんわりしている。会社でのキツイ印象と違って、綺麗な顔立ちが際立って素直に美人と思えた。

「でもさ、どうすんのよ。ほんとに。いつまでも彼氏出来ないといざって時に困るのはあんたよ?」

「もう困ってるよ…だいたい20代も後半に差し掛かろうとしてんのに、男とヤッた事ないって問題ってわかってるわよ。捨て損ねた処女なんて今更どうしたらいいのよ!」

マジで!?―――

突然飛び込んできた衝撃発言。
危うく料理を吹き出しそうになった。
当の本人は生ビールをジョッキで煽りながら、終いには逆ギレを始めている。

先週末の合コンでいい感じになった女の子と飲みにきたけど、それどころじゃねぇ!
あわよくば、このまま一回ヤろうと思ったけど、こんな話聞いたらどうでもよくなってくる。
俺は連れとの会話も適当に隣の席から聞こえてくる話にくぎ付けになっていた。

先に出ていく二人をもう一度最終確認しようとちらっと盗み見したけど、どう見てもやっぱりみょうじ先輩だった。

なんだか、知ってはいけない事を知ってしまい、後ろめたい気持ちになる。

結局、その後、女の子から誘われたけど、何となく気分が乗らなくてそのままさよならした。



「そういえば、お前、どうだったの?先週の土曜、この間の合コンの子とあったんだろ?」

会社の喫煙所で一服していると、同期のおあいて2がやってきた。

「あ〜、会ったけど…」

さすがに偶然みょうじ先輩が処女と知ってしまい、衝撃受けて何もする気になれなくなったなんて言えない。

「あのこ可愛かったのに、ダメだったのか?
やっぱ、モテる男は違うな」

「うっせーよ。茶化すなって」

おあいて2も相当遊んでる癖に、人聞きの悪いことを言う。

「まぁ、また合コンの話出てるから、決まり次第連絡するわ」

「…おう」

適当に約束しながらタバコを灰皿に押し付けて、喫煙所を後にする。
普段はテンション上がるのに、何だか乗りきれないもやもやとした気持ちになっていた。


仕事中、資料を作成していると、パーンと突然書類で頭をはたかれた。

「ちょっと!おあいて君!」

驚いて振り返れば、そこには鬼のような形相で俺を見下ろすみょうじ先輩。
いつもの猛々しい野性味あふれる姿だ。

「ここ見て!また同じミスしてる!ちゃんとやる気あるの!?それとも私の事馬鹿にしてるの?」

「すいません!すぐに直します!」

間違った箇所を怒りながら指摘されたので、ひたすら謝ってすぐに修正する。

「おあいて君には厳しいよね。みょうじ先輩。まぁ、期待してるんだろうけどさ」

みょうじ先輩が立ち去った後に、別の先輩から話かけられる。

「これくらい大丈夫っすよ。ポジティブなのが取り柄なんで。頑張ります!」

「おあいて君すごいわ」

他の先輩達に心配されながらも、メンタルがまぁまぁ強い俺はへこたれることなくやっている。
悔しいけど、出来てないのは事実だし、仕方ない。

仕事においては、みょうじ先輩は女ゴリラだと思う。
気迫も何もかもがけた違いなんだよ。
自分も仕事が出来るし、回りにも厳しく高いレベルを求める。

…でも、それだけじゃない事も俺は知ってる。


「あー、疲れた〜」

残業中、煮詰まってしまいデスクに散らばった書類の上にへたりこんでしまう。

「ほら、これ食べて?甘いモノって疲れた時にいいから。あと、キりついたら煙草吸ってきていいよ」

すると、すかさずお菓子をくれるみょうじ先輩。
普段は甘いものは食べないけど、頭が疲れてる時のチョコレートはありがたい。

「ありがとうございます」

「いいよ。これ位。あと、こっちの資料だけど、この数値のとこだけ表にした方がわかりやすいと思うよ。あとは、良くできてたから」

厳しく怒るだけでなく、こうやって俺の事を気遣ってくれるいい先輩だとは思う。

だから、あんな衝撃の事実を知ってしまったところで、何も先輩とは関係性が変わる事はないとこの時は思っていた。


ある日出勤したら、エントランスの掲示板に貼り出されていたのは社内公募の企画の結果。
そこにあったのは、違う部署の全く知らない人の名前だった。

―今回の社内公募の企画に賭けてるのよ!最終選考にも残ってるし、これが採用されれば私は…―

それを眺めながら、この前、みょうじ先輩が女子会の時に意気込んでいた事を思い出した。


「…おあいて君」

仕事中、みょうじ先輩に名前を呼ばれる。
いつもなら、それだけでビクッとなるくらいの気迫を発しているのに、今日は声に張りがなかった。

「ここ、間違ってる」

「あ…はい。すいません」

振り返れば、書類を差し出してくる明らかに元気のない先輩。
拍子抜けしてしまう。
いつもなら怒ったりとか、アドバイスをくれることもあるけど、書類を手渡すとそのまま静かに自分のデスクに戻っていってしまった。
珍しく、ミスもしてるみたいだったし。

相当なショックだったんだと思う。

「先輩!」

そんなある日、廊下を一人で歩いているその後ろ姿に声をかける。
いつもはピンと背筋を伸ばして颯爽と歩いているはずなのに、猫背気味の背中はとても寂しそうだった。


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