眩暈(前編)2
「なんだ、おあいてお前もいたのか」
てっきり私しかいないと思っていた兄さんは、部屋の中の状況を見て目を丸くしている。
「就職が決まったご褒美のお強請りをされちゃってて」
「そうだ、兄さんからも言ってよ。僕はご褒美になまえ姉さんと一緒に寝たいだけなんだ」
「なるほどなぁ」
小さなテーブルをはさんで私達に向かい合うように腰を下ろした兄さん。
黒髪に切れ長の黒い瞳と薄い唇を結ぶ通った鼻筋。いつみても理知的で端正な顔立ちをしていると自分の兄ながら感心してしまう。
しかも、近寄りがたいまでに完璧に装っている普段とは違い、リラックスしていてゆったりした雰囲気が可愛らしい。
「それはさすがに無理だよね」
「まぁ、確かに…」
私と弟の双方の主張を聞いて、何やら思案している兄さん。
彼も父親の連れ子であり、おあいてとは実の兄弟である一方、私とはなんの繋がりもなかった。
けれども、昔からおあいてに酷いわがままを言われたりした時にいつも私の味方をして諫めてくれていたから、今回もきっと私の意向を優先してくれると思っていた。
「でもな、なまえも分かるだろう?コイツだってあの厳しい就職活動を乗り切って見事に内定を勝ち取ったんだ。その功績を認めてやって欲しい」
ところが、驚いたことにおあいて2の肩を持ったのだ。
「だから今日は三人で酒を飲むのはどうだ?」
「兄さんがいるなら…」
私はこの美しい義兄に絶対の信頼を置いていた。
新しい家族生活が始まった当初に、それまでの母親と二人だけの生活で「甘えてはだめだ」と無意識の内に私が一人で無理をしていた部分に気づいてくれて、”兄”という同じ子供の目線で寄り添った形で甘えさせてくれた事は小学生の私には本当に嬉しかった事だった。
それだけでなく、年齢は私の1つ上でそんなに変わらなかった事もあり、性格も落ち着いていて成績も優秀な彼に困ったり進路で悩んでいる事を相談すれば親身に乗ってくれたし、時に叱ってくれたりもした。
今はお互いに多忙で年に何回かしか会えないけれど、今でも仕事の悩みを聞いてもらったりして、変わらずに支えてくれているおあいて2兄さんとは特別な絆があると信じていた。
「これでいいだろ?おあいて」
「もちろん。さすが兄さん」
そうして急遽、三人で酒盛りをすることになってしまった。
兄さんがもう一つグラスを取りに行くと申し出てくれたけれど、弟と二人きりになることは避けたかったので私がキッチンまで取りに行くことにした。
そして、おつまみになりそうなお菓子をもう少し持ってきた。
この時は、あんな事になるなんて思いもしなかった。
「じゃあ、おあいて、内定おめでとう!」
乾杯ーーーー
三人でテーブルを囲み、グラスを鳴らして宴会を始める。
近況から昔の思い出話まで色んな話で場を彩っていく。
「なまえ、もっとどうだ?」
「そうそう、僕のお祝いなんだから飲んでよ」
楽しい空間で、テーブルの両側からおあいて2兄さんとおあいてがお酌をしてくれた。
元々お酒に強いこともあり、お酒自体も美味しくてどんどん飲み進めていく。
すると、段々とふわふわとしてきて、思わず隣にいるおあいて2兄さんの肩に凭れかかってしまった。
あれ?いつもよりも酔いの回りが早いな…
身体を預けながらそんな事を考えつつも、頭はぼんやりとしてきて思考力が奪われていく。
「なまえ、大丈夫か?」
「兄さん、なんだか身体が熱い…」
「そうか、じゃあパジャマを脱ごうな」
言葉は入ってくるけれど、その意味が分からずにされるがまま。笑みを深めたおあいて2兄さんはボタンに手を掛けるけど、上手く取れないらしくもたもたしていた。おかしいなと思いながらもぼんやりしていると、今度はおあいてが手を伸ばしてきた。
「もー、不器用すぎ。兄さんは脱がせ慣れてないの?あんなに遊んでるくせに」
「うるさい。いつもは俺が何もしなくても向こうがすでに脱いでるんだ」
「はいはい、わかったから僕に任せて」
不機嫌そうに舌打ちをする兄を余所に、弟は鮮やかにボタンを外して、起こした私の身体をベッドへと押し倒した。
2017.3.3
天野屋 遥か
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