gift(前編)2



あれはもうずっと前の事…
もう6年ほど前の事になるだろうか。
丁度、大学最後の夏休みに実家に帰省していた時。
そう、今日みたいな酷い雨が降る午後に起きた出来事だった。

家には私だけしかおらず、インターホンが鳴ってドアを開ければ高校の制服のままで年下の幼馴染が立っていた。

「おあいて大丈夫!?早く入って!風邪引いちゃう!」

「…姉さん…僕…」

ずぶ濡れのまま俯いて力なく呟くだけ。
一目見た瞬間に、明らかに雨に降られただけでない、何か別のもので彼が打ちのめされている事が分かった。

脱衣所に彼を連れていき、ひとまずタオルを渡す。
そのまま、弟の部屋へと着替えを取りに行った。

「おあいて、これ。おあいて2ので悪いけど着替え置いておくから…」

「なまえ姉さん、待って」

ドアの前に置いて立ち去ろうとしたところで、呼び止められる。
現れた彼は上半身の肌を晒したままだった。

「ちょっと!?どうしたの…!?」

すると、いきなり抱き締められる。
首筋に濡れたままの頭を押し付けて、ギュっと腕の力を強めるだけ。
静まり返った空間に、まだ降り止まない雨の音だけが響いていた。

「…何があったの?」

何も言わない彼に、誘い水の様に問いかける。

「…振られたんだ…僕。ずっと好きで仕方なかった女の子に…」

震えている声にどうしようもない辛さが滲んでいる。
そうだよね、あんなに小かったこの子も今じゃ私よりもずっと身体が大きくなって、恋愛に悩む様になったんだ。こんな時なのに、妙に幼なじみの成長ぶりを実感してしまう。

「姉さん…僕…本当にあの子の事が好きで…だから…」

肌の表面はまだ冷たいのに、その奥に隠された熱と鼓動が伝わってくる。
そして、肩に温かい雫が流れ落ちてきた。
肩を震わせて泣いているその姿は、小さい頃に辛い事があると私の所へ泣きに来ていた事を思い出させた。

昔から賢くて大人びた子で、皆の前で弱みを見せる事はもちろんしないし、弟にすら涙を見せるなんて事はなかった。
けれども、時折、私の前でだけはこんな風に泣く事があったのだ。
きっと、物心ついた頃からお姉ちゃん代わりだった私に、この子は気を許していたんだろう。
例え、遠く離れたとしてもやっぱりその関係は変わらなくて…
その背中に腕を回し、彼がゆっくりと紡ぐ言葉を丁寧に受け止めた。

「なまえ姉さん…お願い…僕の事…慰めてよ…」

一通り話を聞いた後、不意に顔を上げたおあいて君。

涙を流しながらあまりに縋る様な瞳で私を見つめるから…

大切な恋人がいるのに、思わず唇を重ねてしまった。



「なまえ姉さん…凄く綺麗…」

「あんまりみないで…」

私の部屋、ベッドに横たわった私の身体にたどたどしく触れる彼。
酷く傷ついているこの子が余りに可哀想で、キスの先を拒む事が出来なかった私は一糸纏わぬ姿を彼に見せた。

部屋の電気はついていなかった。
けれども、重い雲越しに射し込む陽の光で薄暗いだけの空間では、奥まで隠れる事なくお互いの全てが露わになってしまう。

そして、そんな中、彼は初めて触れる女の身体に戸惑い、けれどもその感触を確かめる様に優しく丁寧に触れていた。


「姉さん入れるね…」

「おあいて…」

緊張した面持ちで恐る恐る私の中に入ってくるこの子が愛しくて、安心出来る様にと抱き締める。

「姉さんの中…すごく気持ちいい…」

全てを納めると、おあいて君は私に抱きついたまま耳もとで甘い溜息をつく。
思わず反応してしまい、腰の中がきゅんと疼けば彼が大きくなる。
そして、身体を起こした彼は律動を始めた。

「なまえ姉さん…なまえ…」

苦しそうに名前を呼び続けるおあいて君は、がむしゃらに私を貫いた。
まるで、彼の想い人は自分だったのではないかと錯覚させられる位に。
彼が激しく私を求めれば求める程、熱さと寂しさが身体中に広がって行く。

だって、わかっていたから。

まるで、雨の中で捨てられている仔犬を拾う事も出来ず、ただ一緒に雨宿りをする事しか出来ない様な束の間しか一緒に過ごす事しかできない事を…


全てが終わり、我に返った時に後悔が押し寄せた。

恋人への罪悪感。

そして、弟の様に大切にしてきたこの子と成り行きとはいえ身体を重ねてしまった後ろめたさ。

おあいて君に対して私は愛情は持っていたけれど、それは恋愛感情ではなくもっと別の…

だから、距離を取った。

あれ以来、一切の関わりを避けたのだった。

これが彼と私の間に起きた事の全て。


「忘れる訳ないじゃない…」

覆い被さる彼の視線を反らしながら、自分自身に確かめる様に呟く。
すると、私の両腕をベッドに縫い付ける彼の手の力が一層強まった。

「じゃあ、なんでこんな風に何もなかった様に振る舞うの?」

「それは…」

伝えようとした想いは言葉になる事なく飲み込まれてしまう。

おあいて君の唇が私の唇を塞いでいた。


2015.9.2
天野屋 遥か


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