gift(前編)1
すぐ先に、手の届くほどの近い未来にある幸せに夢中だった。
だから、何もわかっていなかった…
「酷い雨…」
リビングのソファでのんびりしている昼下がり、鉛色の重々しい空から雲を割る閃光が走ったかと思えば激しい雷鳴が轟く。
そして、大きな雨粒が大量に空から降ってきた。
窓から庭先より向こうが見えなくなるくらいの豪雨を眺めていた。
ピンポーン−−−−
そんな時、不意に玄関のインターホンが鳴る。
家には私しかいなかったから、急いでインターホンの画面を確認する。
そこに映っていた人影に驚き、慌てて仕度をして玄関へと向かった。
「おあいて君、大丈夫!?ずぶ濡れじゃない…!」
「ちょっと出かけてたら、突然、雨に降られちゃって…」
ドアを開けると立っていたのは弟の幼馴染。
身に付けている品の良い白いシャツは透けて肌に張り付き、ジーパンも大量に水を含んで濃く重い紺色をしていた。
ずぶ濡れの彼を迎え入れて、準備していたタオルを渡す。
鍵を忘れてしまい入れなくて自分の家に入れずに、私の家に来たらしい。
「助かりました。なまえさんありがとうございます」
「全然。気にしないで」
濡れた身体を拭いた彼が私にタオルを返す。
笑いかけるその顔は、最後に見た高校生の頃よりもずっと大人びて、落ち着いた知的なものになっていた。
まだ少し濡れた髪と雨に体温が奪われたせいか、その白さが際立っている肌が妙に妖しくて心臓が鼓動を早めた。
彼、おあいて君は私の実家の向かいのお家に住んでいる。
小さい頃は弟のおあいて2と彼の二人をよく遊んであげたりもしていた。
けれども、年を重ねるにつれ、私は6つも年上で性別も違った事から、次第に疎遠になっていったけれど、弟達は別々の大学に進学しても相変わらず仲が良いみたい。
「おあいて2は…」
「出かけてるみたい。もう少ししたら帰ってくるとは思うけど…」
「アイツの部屋で待たせてもらってもいいですか?」
「もちろん。ゆっくりしてって。着替えもおあいて2の借りていいから」
「ありがとうございます」
遠くの超有名大学へ進学したあの子とこうして話すのは何年ぶりだろう…
大学4年生のあの夏の日以来、彼と一度も顔を合わせていなかった。
と、言うよりも私から避けていた。
けれども、あれから6年も経って私も結婚が決まっている身。
今更そんな過去に縛られる必要はない。
それに、おあいて君は更に大人びて落ち着いた魅力的な男性に成長していたし、あの時の事なんてもう何とも思っていないだろう。
弟から聞いた話だと、すごくモテてるみたいで、いつも綺麗な女の子を連れてるらしいし。
これからは、昔みたいにまたおあいて2と同じように弟として接する事が出来ると思う。
そんな事を考えながら、お菓子と冷たいコーヒーを用意して弟の部屋にいる彼の元へと向かった。
「おあいて君、入ってもいい?」
「はい、大丈夫です」
ノックをして確認すれば、低めの穏やかな声が返ってくる。
部屋へ入れば、彼は弟の服に着替え終えてTシャツにジャージというラフな姿になっていた。
「よかったらどうぞ」
ローテーブルにグラスとお菓子を置く。
コーヒーに浮かぶ氷がカランと涼しげな音を立てた。
「そういえば、おあいて君も今年卒業だっけ?」
用意していた自分の分のコーヒーを口にしながら、今までの時間を埋めようと自ら話かける。
「はい。僕、昨年、会社を設立してたんです。で、卒業したらその経営にもっと力を入れようと思って…」
「すごいね!大学生で社長なんて…!」
「そんな事ないです。まだまだ小さい会社だし…」
久しぶりに会ったかつての幼馴染は、予想をはるかに超える成長ぶりだった。
なんでも、大きな企業からも声がかかり取引をしているだとか、そんな話ばかりが飛び出してくる。
彼に色々聞いては私の平凡な大学生活や今のOL生活との差に、ただ驚くばかりだった。
そして、会話を進める内に段々と打ち解けてきて、昔みたいに話が出来る様になってきた。
「そういえば、なまえさん結婚するんだよね?この間、おあいて2から聞いてびっくりしたんだけど…」
そう言いながら、グラスを持つ私の左手に光る薬指の指輪をじっと見つめるおあいて君。
「うん。式はまだ先なんだけど、もうすぐ入籍はするんだ」
「もうすぐって…?」
なんだか、彼の目が妖しく光った気がする。
「再来月くらいかなぁ。今、色々準備してて…」
「そっか…なまえさんは僕を捨てて他の男と結婚するんだ…」
「え…?」
いきなり何を言い始めたのか全く分からない。
ただ、射抜く様な強い視線で私を睨むおあいて君に恐怖を感じて、後ずさろうとすれば距離を詰められる。
彼の纏う空気が一気に重苦しいものへと変わる。
「やっ…!?」
部屋を出ようとしたけれど、時はすでに遅く、腕を掴まれてしまった。
「なんで逃げようとするの?なまえ姉さん」
力を込めて私を引き寄せるおあいて君。
「あの時の事、忘れたなんて言わせないよ」
そのまま、弟のベッドへと押し倒された。
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