suger fix(前編)2



「…おあいて君、どうしたの?」

「みょうじ先輩、飲みに行きましょう!」

慌てて駆け寄って、大きな声で元気よく言葉をかける。

「えっ!?何?急に」

「先輩、最近、元気ないから…こういう時は酒を飲むに限りますよ!俺、とことん付き合いますから…」

あの日以来、気になってしまって放っておくことなんてできなくなった。
何か出来ることないかって考えたけど、これ位しか思い付かなくて…

「ありがとう。そっか…そう言ってくれるなら行こうかなぁ…」

少し驚きながらも、俺の申し出を快諾してくれた先輩。
こうして、二人だけで飲みに行くことになった。


「みょうじ先輩、お疲れさまです!」

「おあいて君もお疲れ!」

「「乾杯!」」

予約した居酒屋で、生ビールのジョッキを合わせる。
小気味いい軽快な音が鳴って、そのまま二人ともビールに口をつけた。

料理を食べながら担当でのしょーもない話やお互いの普段の生活の話をする。
この店は美味しいと評判で、先輩も喜びながら箸を進めており、和やかな雰囲気で時間は流れていた。


「…ほんとさ、ショックだったんだ。落選」

「みょうじ先輩…」

更にどんどんお酒を飲み進めていくと、 酔いの回ってきたみょうじ先輩がとうとうぽつりとこぼした。
聞きたかった核心にとうとうたどり着く事が出来たから、ただ、耳を傾けるのみ。

「頑張って考えたし、努力もした。まぁ、採用された企画は素晴らしいものだったとは思うけど…」

少し肌に赤みの差した先輩が遠くを見ながら未練を吐き出す。

「また次がありますよ。きっと、今回は先輩の企画が最先端すぎて、まだ重役にはその価値がわかんなかっただけですって」

「何それ最先端って。面白い」

伏し目がちにポツリと溢す先輩を元気づけたくて、少し冗談交じりにそんな事を言えばくすくすと笑っていた。

「おあいて君、ありがとうね。私を励まそうとしてこうやって誘ってくれたんでしょ?」

「俺、先輩には早く元気になって欲しくて。やっぱり、叱られないと張り合いっていうか…」

突然のお礼に、照れくさくて頭をかきながらしどろもどろで変な事を口走ってしまう。
これじゃ、俺がまるで叱られるのが大好きなドMみたいじゃないか!
自分の発言に慌てて心の中で突っ込みを入れる。

しかし、やっぱりお見通しだったのか…
なんだか少し悔しい。

「…後輩にまで心配かけて、私何やってるんだろう?」

ぐちゃぐちゃと頭で色んな事を考えていたら、いつの間にかみょうじ先輩の声が震え始めて、声が湿気を帯びている。

「仕事だけが取り柄だったのに…私それ以外何にもないのに…恋愛も全然うまくいかないし…」

そして、その揺れる瞳からは堪えられなかった水滴が溢れてきた。
ぽろぽろと涙を流す姿は脆くて、改めて女なんだと意識させられる。

「すごく好きだった初めて付きあった人と恥ずかしくてそういう事が中々出来なくて…それで浮気されちゃって別れてさ…それ以来、全然だめなの。好きな人出来ても、うまくアピールとかアプローチも出来なくて…私に声かけてくれる人もいたけど、上手くいかなかった。」

そうだったのか。
俺は女ゴリラって思ってたけど、同期ではみょうじ先輩の事狙ってる奴もいたし、結構モテるって聞いてたのに意外だった。

「だから…おあいて君も知ってる通り、未だに処女なんだよ?彼氏も全然出来ない本当にダメな女なの…」

自信を失ってる先輩は、酒の力も相まってとうとう自らそんな事まで口走りだした。

…というか

「俺があの時いたの知ってたんですか!?」

「うん。気づいたのは、もうお会計の時だったんだけどさ。一緒にいた友達が”隣の席のカップルの彼氏の方かっこいいから見てみて”って言ってて、みたらおあいて君でびっくりしたよ。これは全部聞かれちゃったなぁって思って…でも、何も言ってこなかったから…」

「言える訳ないじゃないですか。そんな重い秘密…」

さすがに、俺もそこまで無神経じゃない。
普段はチャラいとか頭悪そうとか言われちゃうけど、言っていいことと悪いこと位は区別しているつもりだ。

「意外と優しいんだね。おあいて君。”合コン王子”なんてあだ名があるくらいだし、見た目通りのチャラくていい加減な人かと思ってた」

「えっ…」

ガーン!!
地味に傷つくんだけど。
俺、そんな風に陰で呼ばれてたのかよ…!
確かに合コン行きまくって、女の子つまみ食いしてたのは事実だけどさ。
にしても、バカにしすぎだろ!

「失礼だったよね…ごめん。仕事は一生懸命だもんね。頑張ってるの見ててわかるから、成長して欲しくてあんな風に厳しくしちゃうんだ。ミスは相変わらずだけど、着実に力はついてきてると思う。成績もどんどん上がってきてるし…」

ショックで固まっている俺をよそに、先輩は言葉を続ける。

それを聞いて我に返った。
あぁ、この人はちゃんと俺の事見てくれてるんだ。

「それにさ、私がどんなに怒ってもへこたれないし、いつも元気だし、おあいて君みたいな人と付き合えたらきっと…」

それは、なんとなくずっと気づいていた事で…
合コンで出会う女の子達や付き合いたいとやたら媚びてくる同期や後輩の女の子たちとは違う。

あ…俺…もしかして…

だから、先輩が処女って知った時にあんな気持ちになったんだろうか。
無意識の内に、他の男に取られたくないって思うようになってたんだ。

「…なまえ先輩、マジで俺どうですか?」

真剣に目の前の女性を見つめて問いかける。
テーブルに無防備に乗っていた手にそっと自分の手を重ねた。
少し冷えた華奢な指先に俺の体温が寄り添っていく。

気づいたのであれば、迷う事はない。
ポジティブに何でもするのが自分のいいところだから。
ここで言わなければ、タイミングを失ってしまうってのは明らかだから。

「え?何バカな事言ってるの?…おあいて君、彼女いるじゃん。かわいい子が」

「あの時の子は合コンで知り合っただけです。今、別に彼女いないんで…」

「そうなんだ…」

「だから…よかったら、俺としませんか?後悔はさせません。酔った勢いでも構わないから…」

その言葉に先輩は驚いたまま、ただ俺を見つめていた。


2016.6.23
天野屋 遥か


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