日傘3



「先輩!」

濃いグレーのコートをたなびかせて歩く後ろ姿を追いかけて呼び止める。

「みょうじ…お前、二次会出ないのか?」

珍しそうに先輩が目を丸くする。
確かにいつもは三次会まで出ているけど、それは先輩がいるからだ。

「今日はいいんです。それより、おあいて先輩大丈夫ですか?」

「何がだ?」

「今日、プレゼンの時、あの女の人を見て…」

私が気付いた事を伝えると、先輩は驚いた顔をして固まっていた。


「しかし、お前にそんなとこを見られてたとはなぁ…」

苦笑いを浮かべる先輩。
場所を変えて、公園のベンチに座っている私達の間には丁度、人一人分くらいの隙間が開いていた。
夜も更けてきて、一層冷えていく空気。
街灯の光に照らされる私達の吐息は白かった。

「あの人とはどんな関係だったんですか?」

下手な小細工をしても見破られると分かっていたから、率直に尋ねた。
ただならぬ事があったと言う事は分かりきっている。
けれども、本人の口からきちんと聞きたかった。

「平たく言えば、昔の彼女だよ」

やっぱりそうか。
予想通りの答えに少し落ち込みながらも納得をする。
けれども、先輩の口から語られるその続きは衝撃的だった。

「あの人は、新卒で俺があの会社に入社した時の指導係だった。数年一緒に働いてたんだ。それで惚れて… 俺を見て欲しくて、必死で仕事して…それでやっと付き合える事になったんだけど…」

そこで先輩は言葉を一旦止める。

「彼女には別に婚約者がいたんだ」

「…そんな」

先輩の口から零れた言葉は衝撃的で凍りついてしまう。

「その相手も知ってた。格好良くてな、俺なんかが敵わないくらいに社内でも1,2を争う位に優秀な人で…忙しくて会えない婚約者の代わりだったんだよ。俺は」

そんな私にお構いなく、話を続けるおあいて先輩。
どう反応していいのかわからなくなってしまった。

けれども、一つ言える事は、結局、先輩の想いは絶対に届かない訳で。
私の抱える想いよりもそれは重く辛いものだった。

「最低だろ?でも止められなかったんだ。それでもいいと思っちまったんだよ、その時は…」

ずっと正面を見つめたままの先輩。
その視線の先には大きな噴水があるけど、きっとそうではなくて違うものを…恐らくその当時を瞳に映しているのだと思う。

「好きだった。本当に…」

絞り出す様に呟いた気持ちは切実で。

「だから、あの人が結婚して…関係も終わりになって…でも俺は忘れられなくて、それでこの会社に来た。キャリアも上げたいと思っていたから、いい機会だったんだよ丁度」

とうとう、いつも先輩を明るい場所から遮っている日陰の正体を知ってしまった。
先輩の言葉が積み重ねられていく度に、段々と涙が込み上げてくる。

「仕事の上ではリーダーだの何だのって言われて、それなりに出来る男と思われてるみたいだし、お前もそんな俺を慕ってくれてるって分かってるけどな…」

でも、現実なんてな、こんなもんなんだよ――――

彼は正面を向いたまま、目を伏せて悲しそうに笑う先輩。
それは、自らの愚かさ私に示すような自虐的な嘲笑だった。

まだ忘れられてないのだろう。

その横顔は、寂しそうで弱々しくて…
私はそんな貴方を守りたいとさえ思った。

「なんで、お前が泣いてるんだよ…」

溜め息を吐く大切な人。

「先輩は素敵な人です…だからこそ、苦しんで欲しくないんです…」

「ありがとな…」

うつむいている私の頭にそっと温もり。
先輩の大きな手が優しく撫でてくれる。

嘘じゃない。
励ましてくれた大きな手も、その低くて響きのある深い声も何もかも。
私を救ってくれていたから。

「私はおあいて先輩の事がずっと好きでした…今の話を聞いてもその気持ちは変わりません…」

拳をぎゅっと握りしめて思い切って言葉を発する。
自分でもびっくりする位に月並みな言葉のそれは、約束された甘いハッピーエンドを実現するための告白なんかじゃなくて、何も先が見えない、言うなれば戦いを挑むようなもの。
火蓋が切って落とされればもう戻る事なんて出来なくて、けれども私は真正面からぶつかりたいと思った。

日陰でしか育む事の出来なかった、相手にとっては仮初の愛情にずっと思い悩んでいるこの人を救う事が出来るならなんて、そんな大それた事を考えてしまった。


ねぇ先輩、もしも私がその届かない想いから解放することが出来れば…

貴方は私を見てくれますか?


2016.2.16
天野屋 遥か


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