▼ 01
「皇海、また来るからね」
「約束だよ?来てくれなかったら浮気しちゃうよ?」
「浮気しちゃだーめ」
舞い上がった派手な女が店先でキスをしてくる。
「ほんとかわいいな。帰すのが惜しいくらい」
キツい香水の匂いに不快感がこみ上げるのを我慢して笑顔を張り付ける。
別れ際こそ大切で、ここで心を掴まなきゃ次に繋がらないというのは、この仕事を始めてからずっと気を付けている事。
「ありがと!じゃあまたね」
俺の言葉に上機嫌に手を振って、眠ることを知らない街へと消えていく女。
「んだよ。あのクソッタレ、ブス」
舌打ちをしながら、後片付けが始まった店内へと戻る。
下品な香水の香りが、自分のスーツに移ってしまった事も苛立ちを増長させた。
匂いを消すために煙草に火を付ける。
「ちょっと皇海、顔怖い!フラれたの?」
フロアに戻るとNo.2ホストの洋海がニヤニヤしながら絡んでくる。
「ちげぇよ。あの女、最近羽振り悪ぃんだよ。ったく、金がなけりゃあんなブッサイク相手にするわけねぇのにさ。キスまでされたんだぜ?」
愚痴をこぼしてもヤツは笑ったまま。
「まぁ、いいじゃん。今度はもっとおねだりしてみれば?俺、いっつもそれで沢山いいものプレゼントにもらってるよ」
同期のこいつは天性の女たらしで、マジで何にも努力しなくてもその甘く整った顔と無邪気さで客を虜にしていく。
俺みたいに、顔がいい訳でもなく取り立てて何もないやつとは違う。
俺は必死でトーク力や接客術を身につけたけれど、そんな努力とは無縁な男。
かといって、性格も優しくてイイヤツだから、仲間内でも可愛がられてる人気者で、羨ましいなぁとは思うし、俺の大事な親友だ。
この洋海と俺はこの人気ホストクラブ『sapphire blue』のNo.2とNo.3ホストとして、双璧を担っている。
「そういえばさ、俺、これもらったんだけどいらないからお前にあげるよ!」
「おい、これって…」
いきなり渡された高級ブランドの箱には、ん百万円の時計が入ってる。
「これ、換金すれば、結構いいお金になると思うよ!」
「マジか!ありがとな!」
「全然いいよ!親友のためだし」
にこにこしてる洋海は、俺がこの仕事についた理由もまとまった金が必要な事も何もかもを知っている。そして、俺もその好意に甘えているのだ。
「「お疲れさまでした〜!」」
明け方、閉店した職場を後にして帰路についた。No.3ホストって言っても、絵に描いたような高級マンションに住んでいる訳じゃなくて、ほんとにその辺の同じ世代のサラリーマンが住んでる様な普通のワンルームのマンションで質素に生活してる。
早速、部屋着のTシャツとトランクスで仮眠をとった。
昼過ぎに起きた俺は、仕事の時からは想像できない様なロックTシャツとダメージジーンズを身に付けて、ある場所へと向かう。
毎週末訪れるそこは、俺にとってとても大切な場所だった。
大きなビルの様な建物は、ガラス張りで日当たりがよく非常に健康的な場所。
明るい白い廊下を進んで、とある部屋のドアに手をかける。
「あ、お兄ちゃんいらっしゃい!」
部屋の中心にあるベッドの上で本を読んでいた女性は、俺の姿を捉えると嬉しそうに微笑む。
「陽菜、調子どうだ?」
「数値がよくなってるって先生が言ってたよ!」
「そっか!よかったな!はい、これお見舞い」
来る途中で買った花とケーキを手渡すと目をキラキラさせる妹。
「すごい!キレーイ!しかもケーキまである!ありがとう!お兄ちゃん!」
難病にも負けず、相変わらず明るく振る舞う彼女に、いつも俺の方が元気をもらっていた。
そう、これが、俺がホストをしている理由なんだ。
2016.4.12
天野屋 遥か
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