▼ 後日談
「こんにちは〜!」
「優史君、久しぶり〜!」
よく晴れた休日に、とあるマンションへ向かう。
ある部屋のインターホンを押すと、玄関の扉が開くと大切な女性が現れた。
「ゆ〜し〜!」
そして、その後ろから俺を呼ぶ小さな声。
アイツにそっくりな一重の丸い瞳をくりくりさせて俺を嬉しそうに見上げている。
「ほら、ちゃんとごあいさつしようね!」
「うん!こんにちは〜!」
抱きあげられたおちびちゃんは、俺に笑顔を向けた。
会う度に真誠の面影が濃くなっていくのに、思わず頬が緩んでしまう。
アイツが生きていると思えるから。
「こら!優史君が大変だから降りなさい!」
「やだ!おうまさんすきなの!!」
「大丈夫だから!ほら、走るぞ〜!」
君がお茶の用意をしている間に、ジャケットを脱いでミニ真誠と遊ぶ。
ドタバタ走り回った後は、カッターシャツを捲って四つん這いになった俺の背中に乗っておうまさんごっこをする。
これが定番。
この子はこれが大好きなんだ。
「大丈夫?ごめんね。私相手で遊んでも、物足りないところがあるみたいで」
やっぱり、父親がいないとダメなのかなぁ?―――
棚に飾ってある真誠の写真を見つめながら寂しそうに溢す彼女。
「大丈夫だって!そのために俺が来るんだから!」
不安を掻き消してあげたかった。
「ほんとにありがとうね。いつもこうやって顔をみせてくれてすごく嬉しいんだよ?」
「だって杏樹ちゃん達の事、アイツの代わりに俺が守らなきゃ誰が守るの?」
向かい合わせでコーヒーを飲みながら懐かしむ君。
ソファーに座る俺の膝の上では、遊び疲れたおちびちゃんがころころと寝てしまっていた。
そう、彼女は親友の婚約者で、今はその息子を育てている。
真誠が死んでからずっと泣き腫らしていた彼女が、今は母親となり凛とした強さで芯が通っていることが分かる。
あれからもう3年が過ぎたのか…
時の流れと俺達の環境の移り変わりの早さに少し戸惑ってしまう。
「優史君…私…」
そう、あれは真誠の葬式の数ヵ月後――――
アイツがいなくなってしまった後も、俺達の計らいで行く場所のない彼女はあの部屋で生活をしていた。
そんなある日、真誠との子供の妊娠が発覚したんだ。
さすがに妊婦をあんな屋敷には置いておく事は出来ず、組が所有しているマンションに引っ越しをさせた。
そして、一番親しかった俺がよく様子を見に行き、病院にも付き添ったりしていた。
真誠の亡き後、俺はずっと見守ってきたんだ。
亡き親友の大切な人。
彼がいなくなった後、君はどれだけの辛い事を一人で乗り越えてきたのだろう?
きっと、何度も涙を流したはずだ。
抱きしめるはずのアイツがいないなら…
なんて何度も考えた。
けれど、拳を握って耐えたんだ。
決して2人の絆を汚してはいけない気がして。
自分でも不思議だよ。
こんな汚れきった世界で生きているはずなのに…
それならば、せめてアイツが守りたかったものを俺が代わりに守ろうと決意した。
だから、こうして仕事の合間を縫っては頻繁に顔を出す。
君達が幸せそうにしているのをみているだけで安心するから。
きっと、真誠もこんな風な気持ちだったんだろうな。
なんとも言えない寂しい気持ちになる。
「じゃあ、これからまた仕事だから行くね」
「うん。いつもありがとうね!今度はご飯も食べてって!この子、真誠君と一緒で優史君の事大好きだから…」
そろそろ帰ろうと身支度を始める。
「ゆーし帰っちゃやだ!」
そして玄関へ向かおうとすると、起きたおちびちゃんが泣きながら足にしがみついてきた。
「だめでしょ!?優史君はこのあと仕事があるから!わがままは言っちゃだめ!」
君がこの子を厳しく叱る。
けれども、”やだ”の一点張りで顔をくしゃくしゃにしたまま涙はとまらない。
「…今度は一緒にご飯食べよう?」
しゃがんで頭を撫でると、泣き声がぴたりと止んだ。
「ほんとに?」
「うん。ほら、小指出して?」
小さな小指に俺の小指を絡ませる。
「ぜったいのぜったいだよ!やくそく!」
「約束!」
魔法の言葉でさっきまでの涙は嘘みたいに、目を輝かせている。
笑ったときに見える歯茎が生前のアイツの姿に重なった。
「ゆーし、ばいば〜い!」
「ありがとうね!じゃあ、また〜!」
手を一杯に振って見送ってくれる大切な2人。
それに応えるように俺も笑顔でマンションを後にした。
これでいいんだ。
だよな?真誠。
見上げた空には柔らかな雲が浮かび、優しい色をしていた。
2016.3.15
天野屋 遥か
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